音圧戦争はどこへ行ったのか

人が感じる音の大きさを測り、そろえ、すり抜けるまで

音圧戦争はどこへ行ったのか。同じ信号のパルシブな波形と過度なリミッティング後の波形を左右に並べた図。

トップウイング 菅沼です。

2013年4月1日、テレビCMの音量の決まりが完全に施行されました。民放各社は前年の10月から、人が感じる音の大きさ、つまりラウドネスを物差しにして、番組とCMの音量をそろえていました。半年の調整期間が終わり、規準に合わないCMの素材は放送局に納められなくなりました。

それから半年の間に、日本広告審査機構(JARO)にはテレビCMへの意見が1,217件寄せられました。そのうち244件は最初と最後にタイトルと社名を大きな音で流す携帯ゲームのCMに寄せられた「音量が大きく、うるさい」という意見でした。JAROは翌年、音量について意見が集まった携帯オンラインゲームのCMについて、静かなシーンを含んでおり、規準に照らして問題はないと判断しました。視聴者には大きく聞こえたのに、測ると規準どおりだったのです。

同じ測り方は音楽にも使われています。音楽配信サービスの多くは曲ごとにラウドネスを測り、再生する音量をそろえるラウドネス正規化(ノーマライゼーション)を備えています。曲を大きく作っても小さく再生されるのなら、平均の音量を競って高めてきた「音圧戦争」は終わるはずでした。ところが、私が個人として2017〜2025年のSpotifyのチャート曲を測ると、平均レベルは下がっておらず、日本では2017年の−8.2LUFSから2025年の−6.9LUFSへ上がっていました。

測る制度ができても大きな音は残り、音量をそろえる仕組みが広がっても平均レベルは下がりません。なぜでしょうか。この記事では、大きい音が有利になる理由から始めて、音の大きさを測る物差しの歴史、音圧戦争、ラウドネスの測り方と放送の制度が作られた経緯、その抜け道、音楽配信の正規化、チャート曲のデータの順にたどり、この問いに答えます。

大きい音が有利になる理由

音は空気の圧力のわずかな変化として耳に届きます。この変化の大きさを音圧と呼び、単位はパスカル(Pa)です。音圧の大きさは20マイクロパスカル(µPa)を0dBとする対数の目盛り、音圧レベル(dB SPL)で表します。20µPaは人が聞き取れる最も小さな音に近い値として選ばれた基準です。音圧が10倍になると20dB、100万倍になると120dB増え、120dB前後になると、音は大きさというより、耳を圧迫する感覚として感じられます。

オーディオの世界では、音源の平均的なレベルの高さも「音圧」と呼びます。「音圧戦争」の音圧はこちらの意味です。この記事では、空気の圧力を指すときだけ音圧と書き、音源のレベルは平均レベルやラウドネスと書き分けます。

人が感じる音の大きさは音圧だけでは決まりません。1933年、ベル研究所のフレッチャーとマンソンは、さまざまな周波数の純音を1kHzの音と聴き比べ、同じ大きさに聞こえる音圧を周波数ごとに測りました。こうして描いた曲線を等ラウドネス曲線と呼びます。測定のやり直しを経て、現在はISO 226として国際規格になっています。

図1はISO 226:2003の式から計算した等ラウドネス曲線です。1本の曲線の上にある音はどれも同じ大きさに聞こえます。曲線に付けたphon(フォン)は、その大きさに聞こえる1kHzの音の音圧レベルです。たとえば40phonの曲線は40dB SPLの1kHzと同じ大きさに聞こえる音を結んでいます。

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図1 同じ大きさに聞こえる音圧は周波数によって違い、小さい音ほど低音と高音が聞こえにくくなります。

40phonの曲線では、100Hzの音は1kHzより約24dB大きくしないと同じ大きさに聞こえません。80phonではこの差が約12.5dBに縮まります。小さな音では低音が聞こえにくく、全体を大きくすると低音が追いついてくるのです。聞こえの下限(破線)は1kHzで2.4dB SPLで、耳が最も敏感な3〜4kHz付近では約−6dB SPLまで下がります。

感じる大きさを比で表す尺度として、スティーブンスは1936年、1kHzの純音を聞こえの下限より40dB大きくした音の大きさを1とする単位、sone(ソーン)を提案しました。音の強さが10dB増すと、感じる大きさはおよそ2倍になります。10dBは音のエネルギーでは10倍ですが、感じる大きさは2倍ほどにしかなりません。

この性質は音の良し悪しの判断まで左右します。再生音量を上げると、聞こえにくかった低音と高音が相対的によく聞こえるようになり、音が豊かになったように感じられます。同じ録音を少し大きく再生すると、聴き手はその違いを音量の差と気づかず、音質の差として受け取ります。機器や音源の聴き比べで音量を細かくそろえるのは、このためです。主観評価の国際的な手順でも、試験の前に、比べる素材の大きさを耳でそろえます。マスタリングでも、処理した音と処理する前の音は、同じ大きさにそろえてから比べます。そろえずに比べると、処理した方を良いと判断してしまうからです。

少し大きい方が良く聞こえる性質は、音を届ける側に「隣より少しでも大きく」という動機を与えます。ラジオの世界では、質にかかわらず大きい信号ほど聴き手を集めると信じられ、局どうしが音量を競いました。マスタリングで音量が過熱した原因の多くも、ラジオ放送で最大のレベルを得たいという要求でした。テレビのCMが番組やほかのCMより目立とうとするのも、同じ動機です。

ピークと平均の物差しでは足りなかった

放送や録音の現場は、音の大きさをメーターで管理してきました。ところが、人が感じる大きさは、波形の最大値や短い時間の平均だけでは決まりません。同じ周波数、同じ音圧の音でも、鳴っている時間が短いと小さく聞こえます。1kHzの純音では、5ミリ秒の音を200ミリ秒の音と同じ大きさに聞かせるのに、中くらいの音量で18〜19dB大きくする必要があります。耳は短い時間の音のエネルギーを積み重ねて大きさを感じていて、その時間の目安は100ミリ秒程度です。

周波数の広がりも大きさを変えます。耳の中では、音は周波数ごとに分かれて受け取られます。その一つひとつの受け持ちの幅を臨界帯域と呼びます。同じパワーの音でも、1つの臨界帯域に収まっているより、いくつもの帯域に広がっている方が大きく聞こえます。

このため、ピークを見ても、人が感じる大きさは分かりません。図2はサンプル値の最大をそろえた3つの信号を、後で説明するラウドネスの測定法で計算した例です。測定値の単位LUFSは、数値が大きいほど大きく測られたことを表し、2つの値の差はLU(1LUは1dB)で表します。

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図2 ピークが同じでも、まばらな音と詰まった音では、測ったラウドネスが大きく違います。

100ミリ秒ごとに1ミリ秒だけ鳴るクリック列は−21.8LUFS、200Hz〜5kHzの帯域雑音は−10.2LUFS、1kHzの正弦波は−1.0LUFSでした。ピークが同じでも、音が詰まって鳴り続けるほど大きく測られます。ピークの高さを変えずに音を詰めて鳴らし続ければ、音は大きく聞こえます。

これまでのメーターはこの性質の一部ずつをとらえてきました。1939年に米国のベル研究所と放送局のCBS、NBCが標準として採用したVUメーターは、指針の動きをわざとゆっくりにしてあり、急に加えた音に対して0.3秒で最終の振れの99%に達します。短い時間の平均を見るメーターです。英国やドイツ、北欧の放送局が使ってきたPPM(ピーク・プログラム・メーター)は、逆に短いピークをとらえます。騒音計のA特性は40phonの等ラウドネス曲線をもとにした重みを周波数ごとに掛けるもので、聴感の周波数特性を取り入れた物差しです。CDの時代になると、デジタルの信号が表せる最大値を0dBとするdBFSという目盛りが加わりました。図3はピークを見るか平均を見るか、聴感の周波数特性を考えるかで分けた、物差しの系譜の模式図です。

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図3 音の大きさの物差しは、ピークを見るもの、平均を見るもの、聴感に合わせて平均するものの3つの系統で発達しました。

日本の放送は長くVUメーターの振れを目安に番組の音量を決めてきました。VUメーターは周波数による重みを付けずに電圧を示すので、針の振れが同じでも、200Hzより低い音は小さく、2〜4kHzの音は大きく聞こえます。耳の感度が高い帯域にエネルギーを寄せれば、針の振れを小さく保ったまま、耳には大きく聞こえる音を作れます。0VUに収めながら高域を持ち上げる、強く圧縮して音量感を高めるといった音づくりは、番組でもCMでも行われていました。

番組とCMの音量の差には、昔から苦情がありました。1975年の国会では、番組がCMに切り替わったとたんに音量が大きくなるという新聞の投書が取り上げられています。CMの音量に国の基準はなく、郵政省は業界団体を通じて抑えるよう求めるにとどめました。1997年になっても、音量の上限は規制されていたのに、番組とCMでは制作のレベルが少し違い、CMが大きいという苦情は絶えませんでした。上限をそろえても、番組とCMの大きさはそろっていなかったのです。

米国の連邦通信委員会(FCC)も、商業テレビ放送が始まったころから、大きなCMへの苦情を受け続けてきました。FCCは1979年に規則を作るかどうかの検討を始めましたが、1984年に打ち切っています。リモコンの消音ボタンが広まったことと、大きさを生む要因の多くが主観的で、効き目のある規則を作りにくいことが理由でした。人が感じる大きさを数値で表す物差しがないうちは、規則で縛ることも難しかったのです。

物差しが耳に追いつかないまま、録音の側では音を大きくする技術が進みました。

デジタルの天井と音圧戦争

音を大きく聞かせる競争はデジタルの時代より前からありました。1960年代の米国では、ラジオ局の担当者が新譜の山から曲を選ぶときに目立つよう、制作側はシングル盤をできるだけ大きくカットしていました。

レコードには物理的な歯止めがありました。溝の振れ幅には限りがあり、大きく切りすぎると再生の針が溝から飛び出します。1969年、レッド・ツェッペリンの2枚目のアルバムは、バンド側の希望で非常に大きなレベルでカットされましたが、安い再生機で針が飛ぶため、低いレベルで切り直されました。日本でも、弘田三枝子の「ビー・マイ・ベイビー」のシングル盤は、バスドラムを強く録ったため、安いプレーヤーで針が飛び、大量に返品されました。

1966年、米国のカートリッジメーカーのシュアは、針が溝の振れについていく能力を「トラッカビリティ」と名付け、性能の指標に掲げました。溝の振れの速さには規格で決めた上限がなく、同社が市販のレコードを測ると、ピークは良質なステレオ盤で毎秒約25cm、7インチのロックンロールのシングル盤には毎秒40cmに達するものもありました。

トラッカビリティの測り方は1970年代の終わりに国際規格の議題になりました。1978年の国際電気標準会議(IEC)の会議では、ドイツが新しい試験レコードを各国に配り、日本も検討中の測り方を説明しました。日本のピックアップのJISは翌1979年に改正されましたが、針飛びを含めてこの能力を測る方法は定まらず、次の改正に持ち越されました。その改正は行われないまま、JISは1995年に廃止されました。IEC 98は1987年の版で測り方を定めましたが、これは再生機の性能を測る規定で、レコードに刻む大きさに上限を設けるものではありません。

1982年10月1日、日本でソニーのCDP-101などのCDプレーヤーと、最初のCDソフトが発売されました。CDには溝の振れ幅のような物理的な制約がありません。代わりに、越えられない天井があります。CDの16bitの数値には最大値があり、これを0dBFSと呼びます。波形のどこかが0dBFSに届いたら、全体の音量をそれ以上上げることはできません。CDの制作では、0dBFSに張り付いたサンプルが何個続くかを数えて、過大かどうかを判定してきました。処理を重ねればほとんどの時間をフルスケールの近くに置けるので、この判定はレベルの上限になりません。

天井の下で平均を上げるには、ピークを抑えます。ピークと平均(実効値)の比をクレストファクターと呼び、音を大きくする処理はクレストファクターを小さくする処理です。コンプレッサーは一定のレベルを超えた部分の増え方を緩め、リミッターは設定した上限を超えないようにゲインを素早く下げ、クリッパーは上限を超えた部分を切り落とすか丸めます。これらを組み合わせて平均をできるだけ上げる機器やソフトウェアは、マキシマイザーとも呼ばれます。

図4は合成した伴奏を3段階に処理した計算例です。3つともサンプルのピークは−1dBFSです。

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図4 ピークを抑えて持ち上げるほど、同じ天井の下で平均が上がり、波形は帯のようになります。

処理をしない伴奏は−15.4LUFS、クレストファクター14.4dBでした。リミッターで−10LUFSにするとクレストファクターは9.0dB、クリッパーとリミッターで−6LUFSにすると5.0dBになります。−6LUFSの波形は上下の天井に張り付いた帯のようです。敷き詰めた海苔のように見えることから、こうした音源は「海苔波形」と呼ばれます。ピークは同じまま、平均は9LU以上上がりました。

1988年3月、ソニーはパリで開かれたAES(オーディオ技術者協会)の第84回大会で、CDマスタリング用のデジタル・リミッターを発表しました。このリミッターはアナログの磁気テープレコーダーの柔らかく歪むリミッターの特性を、デジタルで再現するものです。音量を競うためではなく、アナログ録音の質感をデジタルで得るための道具でした。

道具がそろうと、少し大きい方が良く聞こえるという性質が働き始めます。録音の平均レベルとリミッティングの量は1990年ごろから増え始め、2000年代半ばから後半に頂点に達しました。最も音の大きいCDどうしを比べると、平均レベルは20年で20dB近く上がっています。1955〜2010年の約46万曲では、録音の音量の中央値が約−22dBFSから約−13dBFSへ、1年に0.13dBの割合で上がりました。この競争で減ったのは一瞬のピークの突出で、長い時間で見た曲の強弱は減っていません。

2000年代には反発も目に見える形になりました。2007年には米国のエンジニアたちが、ダイナミクスを残すために意図的に音量を控えた作品にラベルを付ける仕組みを掲げて、Turn Me Up!という団体を作りました。2008年には、メタリカの『Death Magnetic』のCDが、音が大きく歪んでいると批判され、リミックスかリマスターを求めるオンライン署名には2万人を超える賛同が集まりました。マスタリングを担当したテッド・ジェンセンのもとに届いたミックスは、その時点ですでに強くリミッティングされていました。2010年からは、マスタリング・エンジニアのイアン・シェパードが始めたDynamic Range Dayが、音圧戦争に反対する日として毎年開かれています。

ラウドネスの測り方が決まるまで

音楽で音圧戦争が進んだのと同じころ、放送ではデジタル化が番組ごとの大きさの差を広げていました。アナログの放送は音声の信号に合わせて電波の強さや周波数を揺らして(変調して)送り、その揺らし方には上限があります。テレビの音声は映像の電波より4.5MHz高い周波数のFMで送られ、モノラルの音声による周波数の揺れ幅は±25kHzまでと省令で決められていました。上限を超える過変調は、映像に雑音が乗るなどの影響を及ぼしました。

ラジオも同じで、FMは揺れ幅±75kHz、AMは変調の深さ100%が上限です。FMで上限を超えると電波の幅が広がって隣の周波数の局に混信を与え、AMでは波形がひずみ、本来の幅の外にも成分が出ます。ラジオ局は送信機の手前に音声処理装置を置いてピークの変調を上限に収め、同じ装置で、許される範囲の中で音を大きく聞かせてきました。

アナログのテレビ放送でも、送出の段階に音声のレベルを抑える機器が欠かせず、リミッターやコンプレッサーの働きを持つこの機器が、結果として番組ごとの大きさのばらつきもある程度抑えていました。デジタル放送ではこうした機器を通さずに送出するのが原則で、素材の大きさの差がそのまま視聴者に届きます。

国際電気通信連合の無線通信部門(ITU-R)は2001年、デジタルの音声制作に向いたメーターを研究の課題に取り上げ、2005年までに勧告にまとめることにしました。理由は、デジタル伝送のダイナミックレンジが非常に広いこと、デジタルの媒体は一瞬の過大入力でもひずむこと、聴き手が番組ごとの主観的な大きさのそろうことを望んでいることでした。

2004年、カナダ通信研究センターのソウロドルは、7つの提案者から出された10のメーターを、世界の5か所で97人の聴き手が行った聴き比べの結果と比べました。最もよく一致したのは、低域をなだらかに落とす重み付け(RLB)を掛けたエネルギーの平均、Leq(RLB)でした。この重み付けの前に、頭を球とみなしたときの音響的な影響を模した高域のシェルフ特性を加えたものがK特性です。K特性を使った測定法は2006年にITU-R BS.1770として勧告されました。VUメーターも従来のピークメーターも人が感じる大きさを正しく示さないので、同じ日には、この測り方を組み込むメーターの規格もBS.1771として勧告されました。

BS.1770の測り方を図5に示します。各チャンネルの信号にK特性を掛け、400ミリ秒ごとに平均二乗を求め、チャンネルを足し合わせてからデシベルの値に直します。

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図5 ラウドネスは、重み付け、400ミリ秒ごとの平均二乗、2つのゲート、平均の順に計算します。

こうして得た値の単位はITU-Rの勧告ではLKFS、欧州放送連合(EBU)の規格ではLUFSと書き、どちらも同じ量です。1kHz、0dBFSの正弦波を1チャンネルに入れると−3.01LUFSになるように定数が決めてあります。この記事では、日本や米国の放送規準を引用する箇所だけLKFSと書き、それ以外はLUFSを使います。

図6はK特性の周波数特性を、騒音計のA特性と、図1の60phonの曲線を上下に反転して耳の感度として表したものと重ねた計算例です。

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図6 K特性は低音を落とし高音を少し持ち上げる重み付けで、耳の感度の曲線を粗くなぞっています。

K特性は100Hzでも約1dBしか下がらず、高域は1kHzあたりから持ち上げ始めて、数kHzより上を約4dB持ち上げるだけの単純な特性です。比べられた候補には心理音響のモデルに基づく複雑なメーターもありました。それでも、番組の大きさを比べる主観評価と最もよく合ったのは、この単純な重み付けでした。複雑なメーターのいくつかとの差は統計的に意味のない範囲で、重みを付けない平均もほぼ同じ成績でした。番組の大きさを比べるには、細かな聴感の再現より、単純で安定した計算が向いていたのです。この単純さが後で抜け道の1つになります。

静かな部分を数えないゲート

BS.1770の値には、400ミリ秒の窓で測るモーメンタリー、3秒の窓で測るショートターム、番組全体から求める統合ラウドネスの3種類があります。番組の大きさとして規準に使われるのは統合ラウドネスです。

初版のBS.1770は番組全体の平均をそのまま求めていました。これでは、話し声の間や無音の多い番組が実際より小さく測られ、音量をそろえるときに大きくされすぎます。そこで統合ラウドネスに、ゲートと呼ぶ足切りが加わりました。400ミリ秒のブロックを75%ずつ重ねながら区切り、−70LUFSに満たない無音に近いブロックは数えず(絶対ゲート)、残りのブロックの平均より10LU以上低いブロックも数えません(相対ゲート)。相対ゲートはEBUの作業グループが試験を重ねて決め、ITU-Rに提案したものです。ゲートは2011年3月の改訂(BS.1770-2)で勧告に加わりました。

図7は話し声のように間をあけて鳴る区間、無音、音楽を続けた合成の番組を計算した例です。点は100ミリ秒ごとのモーメンタリー値で、青い点が統合値の計算に数えるブロック、朱色の点が相対ゲートで捨てるブロックです。

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図7 ゲートは静かなブロックを数えないので、統合値は音が鳴っている部分の平均になります。

すべてのブロックを数えた平均は−22.4LUFSですが、ゲートを通した統合値は−20.7LUFSになりました。統合値は鳴っている部分の大きさの平均です。この性質が最初の謎を解く手がかりになります。

放送の音量は制度でそろえられた

BS.1770ができると、各国はそれを物差しにして放送の音量をそろえる規準を作りました。米国のデジタル放送には、音量をそろえる仕組みがありました。音声の方式AC-3は番組のせりふの平均的な大きさをdialnormという値で音声と一緒に送り、受信機はこの値に応じて音量を下げて、どの番組も−31LKFSの大きさで鳴らします。この仕組みは、送る値が番組の実際の大きさと合っていて初めて働き、値を誤れば差は最大30dBにもなります。2007年の規格はその値を騒音計のA特性で測ってよいとしていました。米国の放送業界は2007年4月に規格団体ATSCの中にラウドネスの部会を作り、2009年11月に推奨実務A/85をまとめます。A/85は番組の受け渡しの目標を−24LKFSとし、BS.1770で測った大きさにdialnormの値を合わせる運用を定めました。

大きなCMを規制する法案は、2008年から議会に出されていました。2009年2月の法案は、CMが「過度にうるさく耳障り」であってはならないという書き方でしたが、同じ年の10月の審議で、ATSCの推奨実務を守らせる形に改められます。2010年12月に成立したCALM法は、A/85をCMに守らせる規則をFCCに作らせ、規則は2012年12月に施行されました。FCCが1984年に、主観的で規則にしにくいと判断した大きさは、大規模な聴き比べの試験から作られた測り方ができたことで、規則で縛れるものになりました。

欧州では、ピークメーターで音量をそろえる運用が続いていました。競争相手より目立とうとする商業上の圧力から、ピークメーターと強力なダイナミクス処理を使って、許される最大のレベルを引き上げる局が現れます。その局とほかの局を切り替えたときや、強弱の大きい番組から大きなCMに入ったときには音量が跳ね上がります。番組や放送局の間の音量差は、視聴者の苦情の最大の原因になりました。EBUはこの運用を音圧戦争(loudness war)と呼び、2008年9月にラウドネスの作業グループPLOUDの発足を告げます。PLOUDは2010年8月、番組の統合ラウドネスを−23LUFSにそろえる規準R128をまとめました。目標の−23LUFSは、当時の放送局の平均だったおよそ−20LUFSでは強弱の大きい番組に余裕が足りず、それより下げすぎると移行が難しくなることから選ばれた値です。

日本では、VUメーターによる規制や各放送局の独自のルールでは番組や放送局の間の大きさのばらつきが解決せず、2011年7月にアナログ放送が終わればさらに広がると心配されていました。民放連の技術委員会は2009年7月に作業グループを設けて検討を始め、ラウドネスメーターとVUメーターのどちらが音量差の解決に役立つかを実験で比べました。その結果と世界の動きから、VUメーターで規定するのは無理だと判断します。NHKを含むすべての放送局の大きさをそろえるには国内で統一した基準が必要だとして、作業グループは2010年6月に電波産業会(ARIB)に技術資料の策定を提案しました。ARIBは2011年3月28日に技術資料TR-B32を、民放連は同年5月19日に技術規準T032を定めます。目標値は−24LKFS、許容範囲は±1dBで、測り方はBS.1770の統合ラウドネスです。民放のテレビは2012年10月1日に運用を始め、NHKも2013年4月から運用しています。行政による指導はなく、ITUの勧告に準拠した業界団体の規準です。

CMの音量は、法令ではなく、民放連と日本広告業協会が定めるテレビCMの素材の搬入基準で扱われます。両団体は2011年11月14日にこの基準へのラウドネスの適用を決め、2012年10月から新しい規準で運用し、2013年4月1日に完全施行しました。広告と制作に関わる3団体は2012年4月、−24.0LKFSを上限として守ることを申し合わせています。同じ規準の下では、CMは音の大きさではなく内容で競うことになります。ラジオCMにも、2024年11月から−24.0LKFSの規定が入っています。

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図8 放送の音量の制度は2009〜2013年に出そろい、音楽の音量をそろえる仕組みは再生する側で広がりました。

図8に、放送の制度と、音楽の音量をそろえる仕組みの主な出来事を並べました。放送では番組もCMも放送局に納められてから電波に乗ります。放送局が受け取る段階で規準に照らせるので、規準に合わない素材は放送されません。音楽の流通にはこうした段階がなく、音量をそろえる仕組みは再生する側から広がりました。

平均を守れば最初と最後は大きくできる

制度ができると、制度の約束事の中で大きく聞かせる作り方も生まれます。規準が縛るのは、作品全体の統合ラウドネスだけです。最初や最後を大きくしても、全体の平均が規準の中にあれば規準を満たします。無音は平均に数えません。

切り替わりで大きさが跳ねたと感じるかどうかは、番組全体の平均ではなく、切り替わる前後の数秒の大きさの差で決まります。平均でそろえても切り替わりの瞬間の大きさを抑えられないことは、制度ができる前から分かっていました。米国のCBSはCBSとCWの2つのテレビネットワークの番組を調べ、番組全体の平均で決めるdialnormは、平均の大きさが大きく違う番組どうしをそろえるには役立っても、番組とCMの切り替わりで大きさをそろえるにはあまり役立たないことを確かめています。この調査は2008年のITU-Rの報告に収められました。

平均を守ったまま、最初と最後をどこまで大きくできるかを計算してみます。15秒のCMの最初と最後の1秒にサウンドロゴを置き、ロゴのモーメンタリー値を−16LUFSにしました。残りの13秒を静かにして、統合値がちょうど−24.0LUFSになるように調整すると、中間は約−29LUFSになります。図9はこのCMと、全体が一定の音量で−24.0LUFSのCMを、前後に−28LUFSの番組を置いて並べたものです。

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図9 平均を守っても、最初と最後だけが大きいCMは作れます。

ロゴを置いたCMは規準を満たしていますが、ロゴの瞬間は一定のCMより8LU大きく鳴ります。民放連は番組を−28.0LKFS以上で作ることを推奨していて、理由を示せばそれより低い番組も納品できます。番組が−28で放送されていれば、ロゴは番組の平均より約12LU大きく鳴ります。基準の音より3dB大きくなると聴き手の半数が、5dB大きくなると95%が音量を調整します。12LUはその数字を大きく上回ります。

大きくできる幅には上限があります。中間の静かな部分も相対ゲートを越えて数えられる大きさでなければならないからです。中間を相対ゲートより静かにすると、そのブロックは平均から外れ、ロゴだけで統合値が決まってしまいます。中間を相対ゲートすれすれに置くと、ロゴが全体の時間の10%なら統合値より約9.6LU、20%なら約6.6LU大きくできます。JAROが問題ないと判断した「静かなシーンを含む」CMは、この形をしています。

これで最初の謎が解けます。規準が縛るのはゲートを通した作品全体の平均で、瞬間の大きさには上限がありません。平均を守りながら最初と最後だけを大きく鳴らせば、規準の中で、人が感じる大きさを稼げます。

この抜け道を塞ぐ手当ても始まりました。フランスは2011年の決定で、2013年から広告の3秒の値に−20LUFSの上限を設けました。EBUは2014年、CMや番組宣伝などの短い素材について、3秒のショートターム値を−18LUFS以下にするよう勧めています。抑揚の大きすぎる短い素材は視聴者の苦情を招くからです。日本の運用規定には短い時間の値の上限がありません。TR-B32は2013年の改定で短時間の計測を参考情報と位置づけ、北米とオーストラリアにも短い素材の最大値の規定はありません。3秒の上限にも限界があり、1秒のロゴの前後2秒が無音なら、3秒の平均が−18LUFSに収まっていても、ロゴの瞬間は−13.2LUFSまで上げられます。

規準を作り、運用する側もこの抜け道を認めています。EBUは2011年の制作の手引きで、ゲートの閾値をわずかに上回る小さな音を長く続けたあとに、大きすぎる締めの音を置くCMの危険を挙げています。米国のFCCも2011年に規則を決めた時点で、A/85に適合していても大きく聞こえるCMがありうることを認めていました。日本テレビグループの技術会社、日テレ・テクニカル・リソーシズの運行技術部は2017年、冒頭を大きくして段々小さく作り込めば平均では規準に収まることを、今後の課題に挙げました。JAROは2019年、CMの一部だけが大きくうるさいという苦情について、そのCMは基準に沿っているが、ルールを結果的にすり抜けているようにも見えるとして、広告主に配慮を助言しました。FCCは2025年、冒頭に非常に大きな音を置いてから下げ、平均では規準に合わせる広告があるとして、単純な平均以外の測り方を考えるべきかについて意見を求めました。FCCに寄せられた大きなCMへの苦情は、2022年の約750件から、2024年には少なくとも1,700件に増えています。

聞こえない音で測定値を下げる

抜け道は平均の外側だけでなく、測り方そのものにもあります。相対ゲートの基準は絶対ゲートを越えたブロックの平均から10LU下の値で、基準そのものが平均で決まります。この仕組みを使うと、聞こえない音で測定値を下げられます。

曲の中に、無音か、相対ゲートより静かな部分があるとします。そこに、鳴っている部分より少しだけ小さく、相対ゲートをわずかに越える大きさの信号を入れます。するとそのブロックは数えられるようになり、平均の計算に、鳴っている部分より小さいブロックが加わります。統合値は下がり、正規化はその曲を、下がった分だけ大きく再生します。入れる信号を20kHz付近に置けば、多くの人には聞こえません。K特性は高域を約4dB持ち上げているので、少ない電力でゲートを越えられます。

この方法を合成信号で再現しました。1.5秒鳴って1.5秒休む音を10回繰り返し、休みの部分に20.0〜21.5kHzのスイープを入れます。図10は元の信号とスイープを入れた信号のモーメンタリー値を、統合値の計算に数えるブロックとそれ以外に分けて描いたものです。

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図10 静かな区間に聞こえない高域を足すと、聞こえる内容が同じまま統合値が下がります。

元の信号では297個のブロックのうち、休みにかかる120個が数えられません。スイープを入れた信号では297個すべてが数えられ、統合値は−9.4LUFSから−11.4LUFSへ、1.98LU下がりました。サンプルピークはどちらも−6.0dBFSです。2024年4月に私が個人として約60秒の信号で同じように試したときも、ピークとモーメンタリーの最大値は変わらず、統合値が約1.9LU下がりました。

図11は2つの信号のスペクトルを重ねたものです。

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図11 足した信号は20kHzより上にあり、可聴帯域のスペクトルは変わりません。

20kHzより下では2本の線が重なり、聞こえる帯域の成分は一致しています。

どこまで下げられるかは、相対ゲートで数えられていない静かな部分の割合で決まります。図12はその上限を計算したものです。静かな部分が全体の3割なら約1.4LU、半分なら約2.8LU下げられ、そのとき入れる信号は鳴っている部分よりそれぞれ約11.4dB、約12.8dB低いレベルです。入れる信号をそれより大きくすると下げ幅は小さくなり、小さくするとゲートで捨てられて効果がなくなります。

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図12 静かな部分が多い曲ほど、聞こえない信号で統合値を大きく下げられます。

図10の合成信号は静かな部分が全体の40%で、1.98LUの下げ幅は上限の約2.1LUのすぐ内側にあります。

配信の音声は非可逆圧縮で符号化され、多くの方式は20kHz付近の高域を削ります。図10の信号を、MP3(128kbpsと320kbps)、AAC(128kbpsと256kbps)、Opus(96kbpsと160kbps)の6通りで符号化して戻すと、5通りで20kHz帯の信号が削られました。足した信号は聴き手に届く音声からはほとんど消えます。変わるのは、符号化の前の音源で測った統合値だけです。

重み付けと耳のずれ

K特性は単純な重み付けなので、耳の感度とずれる帯域があります。図13はK特性の重みから、図1の60phonと80phonの曲線を反転した耳の感度を引いた計算例です。値が正なら、K特性の方が耳より大きく数えます。

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図13 純音の等ラウドネス曲線と比べると、K特性は重低音と高域を多く数えます。

純音の曲線と比べると、差が大きいのは100Hzより下と8kHzより上で、50Hzでは60phonの耳と比べて約26dB、10kHzでは約17dB、K特性の方が大きく数えます。500Hz〜5kHzの差は0〜6dBの範囲です。

ただし、BS.1770は番組の大きさを測るための方法で、純音の大きさを測るのには向いていません。帯域に幅のある音で確かめると、ずれはずっと小さくなります。図14は、聴き手がオクターブ帯域の雑音を1kHz帯の雑音と同じ大きさに合わせたときに、BS.1770の測定値が聞こえとどれだけずれたかを帯域ごとに示したものです。

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図14 帯域雑音で比べると、K特性が聞こえより大きく数えるのは主に125Hzより下です。

63Hz帯は約7dB、125Hz帯は約4dB、聞こえより大きく測られます。250Hz帯から上では、差は大きくても約3dBで、8kHz帯では約1dBです。ハイハットやタンバリンのような高域が中心の楽器は、むしろ聞こえより小さく測られます。

この差のため、重低音を多く含む曲は聞こえる大きさに比べて大きく測られ、正規化で多めに下げられます。重低音を控えて中高域にエネルギーを集めた曲は、測定値の割に大きく聞こえます。聞こえない高域を含むミックスは、BS.1770にローパスフィルターがないので、聞こえより大きく測られ、小さく再生されます。前節の抜け道はこのずれの極端な使い方です。20kHz付近の音はほとんど聞こえないのに、K特性では約4dB持ち上げて数えられます。

それでも、曲全体で比べると、測定値と聞こえはよく合います。図15はBS.1770の勧告の検証に使われた3つの聴き比べ(音楽を含む放送の素材、計336素材)で、BS.1770の測定値と聴き手が感じた大きさを並べたものです。

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図15 放送や音楽の素材では、測定値と聴き手が感じた大きさがほぼ一直線に並びます。

相関は0.977で、試験ごとの平均のずれを除くと、9割近くの素材で測定値と聴き手の差が±2dBの内側に入りました(標準偏差1.3dB)。ジャズ、クラシック、ロック、ポップと話し声の145素材を使った別の試験でも、BS.1770の元になった重み付けで測ると、誤差は実効値で約1.1dBでした。NHK放送技術研究所は番組から切り出した20の音源を、22.2chからモノラルまでの5つの方式で再生して聴き比べました。測定値と聴き手の差は方式ごとの平均で1.6〜2.3dBと、聴き手どうしのばらつき(標準偏差2〜3dB)と同じ程度でした。同じ2つの音の大きさを2人の聴き手がそれぞれ合わせても、結果はふつう2dBほど離れます。

重低音を控えて得られる大きさも、曲全体では薄まります。K特性で数えたエネルギーの半分が63Hz帯と125Hz帯にある曲に、図14の差を当てはめて計算すると、この2つの帯域を3dB下げて同じLUFSにそろえても、聞こえは0.6〜0.9dB、6dB下げても1.0〜1.5dB大きくなるだけです。聴き手どうしの差より小さいこの程度の違いのために、低音を削って曲の作りを変える意味はありません。後で見るように、チャートの順位とラウドネスの間には関係がなく、大きく聞かせれば再生回数が増えるという商業上の理屈も成り立ちません。

抜け道は使うべきではない

どんな制度にも抜け道があります。測定法は人の感じ方を1つの数値に縮めたもので、数値と感じ方の間には必ず隙間が残ります。平均だけを縛る規準、静かな部分を数えないゲート、単純な重み付けは、どれも番組の大きさを人の感じ方に近づけるための約束事です。抜け道はその約束事の内側に生まれます。

測る側もすべての抜け道を測り方で塞ごうとはしていません。聞こえない高域で測定値を下げる方法は、ITU-Rの作業部会(WP6C)で議論されました。2017年3月の会合では、通常は聞こえない高い周波数の低いレベルの信号を無音区間に加えると、同じラウドネス値のまま可聴帯域の信号レベルを高くできることが、EBUから問題として報告されました。測定法に16kHzや19kHzのローパスフィルターを加える案が調べられ、通常の番組では、フィルターの有無による測定値の差は0.01を下回りました。英国のBBCは不自然な音源に警告を出す方法を提案し、日本も、BS.1770は広く使われているので基本的なアルゴリズムは変えない方がよいと賛同しました。同年10月の会合では、BS.1770を改訂する必要があるほどの問題はないとして、検討が休止されました。2018年10月の会合でEBUは改めてローパスフィルターを加える改訂を提案しましたが、広く使われている勧告で互換性に問題があるとして、否定的な意見が出されました。不正な信号を聴感に合うように測るより、不正な信号であることを検出して放送では使わない方が望ましいという考えも示され、高域に限らず不正な信号を幅広く集めることになりました。BS.1770は2023年の第5版まで改訂されていますが、測定値を操作する信号への対策も、測定の前のローパスフィルターも入っていません。

国際標準を決める場は抜け道を測り方で塞ぐより、抜け道を使った信号を不正なものとして扱う道を選んだのです。測定法の互換性を保つには、作る側が抜け道を使わないことが前提になります。

抜け道は使うべきではありません。測定値を下げる信号を入れることは、正規化を信頼して音量をそろえている聴き手と、規準を守って作っているほかの作り手を欺く行為です。平均レベルを上げる競争には少なくとも「表現の一部だ」という言い分が立ちました。聞こえない信号を測定値のためだけに入れることには、その言い分も立ちません。CMの最初と最後だけを大きくする作り方も、規準の数字は守っていても、番組とCMの音量をそろえるという規準の目的に反しています。JAROが広告主に配慮を助言したのも、このためです。

線を引く基準は、その処理が聴き手の耳のためか、測定器のためかです。重低音を控えたミックスや、音の密度を上げる処理は、聴き手に届く音を変える表現の選択です。聞こえない帯域に信号を入れて測定値だけを動かす処理は、聴き手に届く音を何も変えず、測定器だけを相手にしています。

放送の制度とその抜け道を見てきました。同じ物差しは音楽の再生にも使われるようになります。音楽配信の中で、平均レベルを上げることにまだ意味はあるのでしょうか。

音楽配信も同じ物差しで音量をそろえる

音楽の音量をそろえる仕組みはパソコンで音楽を聴く人たちの間から始まりました。2001年7月には、曲の大きさを解析して必要なゲインを曲のファイルに書き込み、再生ソフトがそれに従って音量を合わせるReplayGainという方式が提案されました。2002年7月には、AppleがiTunes 3に、曲の音量を自動で調整して再生音量をそろえるSound Checkを加えています。どちらも曲の大きさを測って再生時の音量を変えるだけで、曲のデータそのものには手を加えません。

この仕組みが多くの人の耳に届くようになったのは、音楽の聴き方の中心がストリーミングに移ってからです。配信サービスは曲を受け取ってから聴き手の再生機で鳴らすまでを管理しているので、放送局と同じように、すべての曲の音量をそろえられます。2015年10月には、AESがストリーミングとネットワーク再生の目標ラウドネスを−16LUFS以下、−20LUFS以上とし、ピークを−1dBTP以下とする推奨をまとめました。放送の−23〜−24より高い値にしたのは、携帯機器の中には、その大きさの素材を最大の音量にしても十分に鳴らせないものがあるからです。

正規化には小さい曲の扱いで3つの型があります。1つ目は目標値まで上げ下げし、上げるときはリミッターでピークを抑える型です。Spotifyで有料プランの利用者が選べる「大」の設定がこれに当たり、曲のトゥルーピークに関係なく−11LUFSまで上げ、サンプル値で−1dBを超えるところをリミッターで抑えます。この設定では、強弱の差が小さく聞こえます。2つ目は目標値より大きい曲だけを下げ、小さい曲は上げない型です。ニコニコ動画は2020年1月から、統合ラウドネスが−15LKFSを超える動画を−15まで下げ、それより小さい動画は上げません。3つ目はピークに余裕がある範囲でだけ上げる型です。Spotifyの標準の設定は、BS.1770で測った曲の大きさを−14LUFSにそろえ、小さい曲を上げるときは、非可逆圧縮の音声ではトゥルーピークに1dBの余裕が残る範囲までしか上げません。たとえば−20LUFSでトゥルーピークが−5dBの曲は、−16LUFSまでしか上がりません。音楽再生ソフトのRoonの音量調整も、−14LUFSを目標に、クリップしない範囲でゲインを決めます。

上げるときのピークの扱いは、ReplayGainの提案がすでに論じていました。音量をそろえると、強く圧縮された曲は小さく、圧縮していない静かな曲は大きく再生され、静かだった曲の方がピークは大きくなります。2001年の提案はそのピークでクリップさせないために、フルスケールの直前でリミッターをかける方法と、リミッターを望まない聴き手のためにゲインを下げる方法の2つを挙げていました。

AppleのSound Checkも、曲のラウドネスを測ってファイルに記録し、再生時に曲ごとの音量を上げ下げします。YouTubeにも、動画の音量レベルを自動で調整する機能があります。どの型でも、大きく作った曲は下げられます。型の違いが表れるのは、小さく作った曲です。

Spotifyはアルバムを曲順に聴くときはアルバム全体に同じゲインをかけ、静かに作った曲は静かなまま再生します。シャッフルや、複数のアルバムの曲が並ぶプレイリストでは、曲ごとにゲインを決めます。WebプレーヤーやテレビやスピーカーなどSpotify以外の会社の機器では正規化は使われず、利用者が設定でオフにすることもできます。

図16は−7LUFSと−10LUFSの2つの音源を、それぞれ一定のゲインで−14LUFSにそろえた計算例です。

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図16 正規化はゲインを変えるだけで、潰れた波形は潰れたまま小さく再生されます。

−7LUFSの音源には−7dB、−10LUFSの音源には−4dBのゲインがかかり、どちらも−14LUFSで再生されます。ピークはそれぞれ−8dBFSと−5dBFSになりました。同じ大きさで聞こえるとき、強く処理した音源の方がピークは3dB低くなります。ピークの多くは打楽器の立ち上がりなので、強く処理した音源では、その立ち上がりが小さく再生されます。

大きく作っても大きくは聞こえない

実際の曲はどれだけ下げられているのでしょうか。私は2025年8月、個人として、Spotifyのチャートに入った曲の音源を集めました。対象は日本と、日本を含む世界全体(Global)のチャートで、2017〜2021年は各年3月下旬〜4月1日の1日の日次Top 200、2022〜2025年は4月初めの週間Top 200です。各枠の曲について、通常のストリーミングに由来するMP3(320kbps、44.1kHz)を復号し、BS.1770の手順どおりに自作したプログラムで、サンプリングレートを変えずに測りました。Spotifyの配信ファイルそのものや、正規化した後の再生音を測ったものではありません。約30秒の試聴用音声と、音源を取得できなかった枠を除いた3,242枠、2,247曲を使い、各枠の曲を1件として数えています。測れた枠は日本で各年155〜175枠、Globalで189〜198枠です。

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図17 チャート曲の3分の2は−14LUFSより5〜8LU高く、再生時にはその分だけ小さくされます。

図17は測った値の分布を、低い方から累積した割合で描いたものです。−14LUFSより低い曲はほとんどなく、3,242枠のうち99.6%が−14LUFSを上回りました。67%は−9〜−6LUFS、つまり−14LUFSより5〜8LU高い範囲に入ります。Spotifyの標準の設定でそろえると、日本の曲は中央値で6.6dB、Globalの曲は5.6dB小さく再生されます。大きく作った分はそのまま下げられているのです。

下げられた曲には平均を上げるために削ったピークの跡だけが残ります。そのうえ、天井まで使ったマスターでは、再生される波形のピークがサンプルの値を超えます。デジタルの信号はサンプルの値の並びで、再生するときはサンプルの間をなめらかにつないだアナログの波形になります。図18はサンプリングレートの4分の1の周波数の正弦波を、山の頂点から45度ずれた点で標本化した例です。

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図18 サンプルが0dBFSに並んでいても、つないだ波形の山は約+3dBに達します。

サンプルの値は波形の山の約0.71倍なので、サンプルを0dBFSにそろえると、波形の山は約+3dBになります。+3dBは典型的な値で、複雑な波形では、サンプルの並べ方しだいで山はもっと高くなります。図19は、大きさが0dBFSのサンプル64個の正負を、真ん中の2つのサンプルの間で波形の山が最も高くなるように選んで並べた例です。

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図19 サンプルの並べ方しだいで、サンプルの間の山はいくらでも高くなります。

64個で山は約+10.8dBに達します。並べるサンプルを増やすほど山はゆっくりと高くなり続け、48kHzで1秒分の48,000個を並べると約+17.7dBです。理屈の上では、山の高さに上限はありません。

BS.1770は信号を4倍にオーバーサンプリングして、このサンプル間のピークを推定する方法を定めています。これがトゥルーピーク(単位dBTP)です。4倍で拾った点が山の頂点からずれると、そのぶん低く読み、ナイキスト周波数の正弦波では最大0.688dB低くなります。欧州の放送ではトゥルーピークの上限を−1dBTPとし、Spotifyは制作者に、トゥルーピークを−1dB以下に、−14LUFSより大きいマスターでは−2dB以下にするよう勧めています。非可逆圧縮で符号化するときに歪みが加わるのを避けるためです。AppleもD/A変換のオーバーサンプリングでクリップしないよう、1dB以上の余裕を取るよう勧めています。−1dBTPはメーターの読み不足と、符号化やD/A変換で増える分に、ひとまず1dBを充てた便宜的な値です。

非可逆圧縮はピークをさらに押し上げます。図20は合成の伴奏4曲をトゥルーピーク−1.0dBTPのマスターにして、MP3、AAC、Opusで符号化し、復号した後のトゥルーピークの増え方を計算した例です。符号化にはFFmpegの7.1版(MP3はLAME、AACはFFmpeg内蔵の符号化器、Opusはlibopus)を使いました。

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図20 非可逆圧縮で符号化して戻すとピークが増え、平均レベルの高いマスターほど増え方が大きくなります。

−14LUFSのマスターでは、どの方式でも増え方は1dBに届きませんでしたが、−6LUFSのマスターでは4曲の平均で、320kbpsのMP3で約0.25dB、256kbpsのAACで約1.7dB、128kbpsのAACで約2.5dB、160kbpsのOpusで約1.3dB増えました。平均を上げたマスターほど天井に張り付いたサンプルが多く、符号化の誤差でそれを超えやすいので、AACやOpusでは1dBの余裕では足りません。音の大きい市販CDの抜粋を128kbpsのMP3にすると、ピークは最大5.3dB行き過ぎます。サンプル間のピークや符号化で増えたピークが0dBFSを超えると、DACの中のデジタルフィルターやその後のアナログ回路に余裕がなければ、波形が歪みます。

配信が正規化を標準にした今、平均レベルを上げても、聴き手には大きく聞こえません。上げた分は再生時に下げられ、削ったピークは戻らず、符号化でピークが増えるだけです。音の密度や歪みの感触を表現として選ぶことは、作り手の自由です。しかし、表現の幅を越えて平均レベルを上げる必要は、もうありません。

売上と平均レベルに相関はない

大きく作る理由として最後に残るのは、大きい方が売れるという考えです。配信では、再生回数がそのまま売上につながり、チャートの順位は再生回数の順です。そこで、測った3,242枠について、チャートの順位とラウドネスの関係を調べました。年によって全体の水準が違うので、各枠の値から、その年・地域の中央値を引いて比べています。

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図21 チャートの順位とラウドネスには関係がありません。

上位20曲でも101〜200位でも、ラウドネスの散らばりは変わりません。順位の帯ごとの中央値はどの帯もその年の中央値から0.4LU以内に収まり、9年分をまとめた順位相関は日本で−0.04、Globalで−0.03でした。チャートごとに見ても、再生回数とラウドネスの順位相関は−0.16〜+0.16の間にあり、正負は年によって入れ替わります。大きく作った曲ほど多く聴かれているという関係はありません。

CDの時代も同じです。CDプレーヤーは音量をそろえないので、大きく作った音はそのまま大きく聴き手に届きます。それでも、2002〜2009年の米国のアルバムの年間チャートでは、強弱の幅と売れ行きの間に相関はありませんでした。強弱を削って大きく作っても、売れ行きは伸びなかったのです。

それでもチャート曲は大きいまま

正規化で大きく作った得はなくなり、売上との相関もありません。それでも、チャート曲の平均レベルは下がっていません。図22は2017〜2025年の各年の値を、中央値と、値を低い順に並べたときの中央50%の範囲で示したものです。

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図22 2017〜2025年、チャート曲のラウドネスは下がらず、日本ではむしろ上がりました。

日本の中央値は2017年の−8.2LUFSから、−7.8、−7.5、−7.1、−7.6、−7.2、−7.1、−7.1LUFSと推移し、2025年には−6.9LUFSになりました。9年で1.3LU上がっています。Globalは−8.3〜−8.5LUFSの間で、ほとんど動いていません。2017〜2021年は1日の日次チャート、2022〜2025年は1週間の週間チャートで、母集団の決め方は違いますが、どちらの期間にも下がる動きはありません。

ピークも配信サービスの推奨から外れています。図23は測った曲のトゥルーピークの分布です。復号したMP3を44.1kHzのまま、4倍にオーバーサンプリングして求めました。

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図23 チャート曲の9割は、トゥルーピークが0dBTPを上回っています。

3,242枠の93%はトゥルーピークが0dBTPを超え、中央値は+0.7dBTP、最も高い曲では+4.6dBTPでした。推奨の−1dBTP以下に収まっていたのは0.6%だけです。この値は符号化で増えた分を含みますが、320kbpsのMP3で増える分は図20の計算で0.3dBに届きません。ほとんどの曲は配信される前の段階ですでに推奨値を上回っています。

正規化の仕組みは公開され、配信サービスは制作者に推奨値を示しています。大きく作っても大きく聞こえず、売上とも関係がないことは、データで確かめられます。それでも平均レベルは下がらず、日本では上がり続けています。表現として選んだ密度以上に平均レベルを上げ続けているのは、業界全体の不理解によるものです。

理解されていないことは3つあります。1つ目は正規化の下での損得です。Spotifyの標準の設定では、−14LUFSより大きい曲はすべて−14LUFSまで下げられ、小さく作った曲も、トゥルーピークに余裕があれば−14LUFSまで持ち上げられます。大きく作っても得はなく、小さく作っても損はありません。2つ目は平均レベルと売上に関係がないことです。3つ目はサンプル間のピークと符号化で増えるピークです。9割の曲がトゥルーピーク0dBTPを上回っているのは、推奨値の理由が制作の現場で理解されていないからです。

この不理解は聴き比べの仕方によって保たれます。少し大きい方が良く聞こえる性質は、作る側の判断も動かします。参照する曲と音量をそろえずに比べれば、大きい方を良いと判断します。参照する曲の多くが大きく作られている以上、音量をそろえずに比べる限り、新しい曲も大きく作られ続けます。

再生する側でできること

聴き手にできることは3つあります。1つ目は配信サービスの正規化をオンにすることです。曲ごとの音量差が減るだけでなく、大きく作られた曲は小さく再生されるので、サンプル間のピークにも余裕ができます。2つ目は音源や機器を聴き比べるときに、音量をそろえることです。3つ目は再生の経路に余裕を取ることです。正規化を使わない場合でも、再生ソフトのデジタルの音量調整で6dBほど下げておくと、DACの前で余裕を作れます。24bit以上で処理する再生経路なら、6dB下げても、16bitの音源の情報はすべて残ります。

ただし、すでに強く処理された録音は、正規化でも音量の調整でも元に戻りません。新しい音楽も、リマスターされた昔の作品も、強いリミッティングを受けたまま届きます。私は新しい音楽を聴くのが好きで、昔から聴いている作品のリマスター盤も楽しみにしてきました。それでも、演奏や編曲は面白いのに、音が詰まって表現が一様に感じられる録音があり、オーディオシステムの再現性を高めるほど、その違和感は強くなりました。手元の録音を、再生する側で少しでも自然に聴くために企画したのが、当社のSonic Correctorです。

Sonic CorrectorはDACやフォノイコライザーとアンプの間に入れる、アナログのアクティブフィルターです。音源に合わせて選ぶ3つのフィルターを持ち、それぞれ独立にオンとオフを切り替えられます。

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図24 Sonic Correctorの前面には、電源と3つのフィルターのスイッチが並びます。

中心になるRECOVERは位相を回転させるアナログフィルターです。強く制限された音源では、各周波数の成分が天井を超えないように整えられ、波形が平らにそろっています。各成分の位相を回すと、成分どうしの重なり方が変わり、平らだった波形からピークが現れます。帯域ごとの音量を上げ下げするイコライザーとも、レベルに応じて増幅率を変えるエクスパンダーとも違い、周波数ごとの振幅のバランスは変えません。

図25はこの原理を、図4の−6LUFSの伴奏に2次のオールパスフィルターを数段かけて計算したものです。

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図25 位相だけを回すと、平らにそろっていた波形からピークが現れます。

元の信号のサンプルピークは−1.0dBFSですが、位相を回すと+4.6dBFSになり、クレストファクターは5.0dBから10.6dBに増えました。実効値と統合ラウドネス(−6.0LUFS)は変わっていません。

図26は元の信号と、係数の違う2通りのオールパスフィルターで位相を回した信号のスペクトルを重ねたものです。

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図26 位相を回しても、周波数ごとの成分の大きさは変わりません。

3本の線は重なり、30Hz〜20kHzでの元の信号との差は0.1dBに届きません。

RECOVERの位相の回転は、耳が振幅の変化に比べて位相の変化、とくに低域の位相の変化に鈍いことを利用して、聴感上の違和感が出ない範囲に抑えています。ピークが現れる分、出力の電圧は上がり、私の手元で最も強く処理された音源では、RECOVERの前後で約6dB増えます。後に続くアンプの入力が過大にならないよう、必要に応じてソース機器の出力を下げて使います。方形波そのものを音色として使うチップチューンのような音源では、RECOVERが方形波の形も変えるので、切って聴きます。

チャート曲の平均レベルは今も高いままで、世界全体の値がほとんど動かない中、日本の値は上がり続けています。日本のオーディオ愛好家の一人として、私にはこれが残念でなりません。

レコードに刻める音の大きさには上限があり、平均レベルを上げきった音源は、そのままの音量では刻めません。そのため、リミッターを緩めたレコード用のマスターが別に作られてきました。私にも、同じ曲ならLPの方がましだと感じた録音がありました。

ところが近年は、配信やCDのために作ったマスターを、そのままLPに刻むことが増えています。刻む前に溝の形をシミュレーションして危ない箇所を見つけ、少しでも大きく刻むための装置やソフトも使われるようになりました。刻むときに音量を下げても、潰れた波形はそのまま溝に残ります。LPで聴いても、目も当てられない音の新譜が増えました。

音圧戦争はどこへ行ったのか

最初の問いに戻ります。測る制度ができても大きな音は残り、音量をそろえる仕組みが広がっても、平均レベルは下がりませんでした。

人が感じる大きさを測る物差しは、メーターの振れと耳のずれを埋めるために、聴き比べの結果から作られました。物差しができて大きさを規則で縛れるようになると、各国で放送の音量をそろえる制度ができ、その約束事の内側に抜け道が生まれました。制度には必ず抜け道があります。平均だけを縛る規準の下で最初と最後を大きくしたCMも、聞こえない信号で測定値を下げる方法も、約束事の内側にある抜け道です。国際標準の場は抜け道を測り方で塞ぐより、使った信号を不正なものとして扱う道を選びました。抜け道を使わないことは、作り手の倫理の問題です。

音楽配信では、平均レベルを上げても大きくは聞こえず、売上とも関係がありません。それでも平均レベルが下がらないのは、業界全体が正規化の仕組みと、平均レベルを上げることの損得を理解していないからです。音圧戦争は終わったのではなく、勝っても得のない戦いとして続き、日本ではむしろ激しくなっています。その音は配信やCDだけでなくLPの溝にも刻まれています。

LUFSの数値を見るときは、それが静かな部分を数えない平均で、聞こえない帯域まで数える値だということを思い出してください。正規化の設定、聴き比べの音量、再生経路の余裕は、聴き手が自分で決められます。けれども、マスターの平均レベルを決めるのは作り手です。作り手に必要なのは、測定値を動かす工夫より、聴き手に届く音を良くする工夫です。平均レベルを競うのをやめれば、配信でもLPでも、作品の強弱はそのまま聴き手に届きます。

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