トップウイング 菅沼です。
トップウイングではカートリッジ「青龍」と「朱雀」を製造しており、また現在も次機種の開発を進めております。高額なカートリッジは海外からの引き合いがとても多いため、海外のディストリビューター・ディーラーと交流する中で、日本ではまったく見られなくなった調整の指標が、海外では極めて重視されていると気づくことがよくあります。ディーラーが顕微鏡を購入者の家に持ち込んで調整することもあり、そうした調整も製品の費用の一部になっています。
日本でレコードプレーヤーやカートリッジを買うと、取扱説明書が案内する調整はおおむね決まっています。カウンターウェイトでゼロバランスを取り、目盛りで指定の針圧を掛け、アンチスケーティングのつまみを針圧と同じ数字に合わせ、アームが盤面と平行になる高さにし、付属のゲージでオーバーハングを合わせる、という手順です。
海外の専門誌やセッティングツールメーカーが示す手順では、もっと多くの量を測って決めます。カートリッジのコンプライアンスとアームの実効質量から低域の共振を計算し、テストレコードの低域スイープで確かめます。プロトラクターの二つの零点でカンチレバーの向きを合わせます。USB 顕微鏡で針先の傾きを撮り、テストレコードでクロストークを測ってカートリッジの傾きを合わせ、アームにかかるインサイドフォースを測ってアンチスケーティングを決めます。
ただ、こうした量の多くは、昔の日本でも触れられていました。1960〜80年代には、国内のメーカーが共振に合わせて選ぶアームや演奏中に高さを変える機構、テストレコードを作り、メーカーの技術者は共振、針圧、角度、インサイドフォースの物理を学会で報告していました。
そこで、この記事では改めてカートリッジとトーンアームの調整を解説します。針圧と水平のほかに何を決めるべきかを、一つずつ物理からたどります。決める量ごとに、何がその量を決め、合わせないと音と盤に何が起きるかを計算と資料で示し、海外で行われている測り方と道具を紹介します。最後に、日本にもあった時代を、当時のメーカーの資料と技術者の論文から振り返ります。
針圧と水平のほかに
五つの量
カートリッジとトーンアームの調整で決める量は、五つにまとめられます。
一つ目は低域共振です。アームとカートリッジの質量が、針先を支えるカンチレバーのばね(コンプライアンス)の上で揺れる共振で、その周波数と山の高さが、反った盤の上での針圧の揺れと、最低域の出力を決めます。二つ目は針圧で、溝の振れが針先に返す力を上回るだけの力を掛けます。三つ目は角度で、針が縦に動く向き(垂直トラッキング角)、針先の接触面の前後の傾き(SRA)、カートリッジの左右の傾き(アジマス)があります。四つ目は水平の幾何で、針先が支点から伸びて盤の中心をどれだけ越えるか(オーバーハング)と、カートリッジをアームに対してどれだけ回して取り付けるか(オフセット角)、それに伴ってアームを内側へ引く力(インサイドフォース)です。五つ目は取り付けで、ヘッドシェル、ねじ、リード線の質量は一つ目の共振に加わり、ヘッドシェルとアームのつなぎ目の固さは、アームのもっと高い周波数の共振を決めます。
図1は上から見たプレーヤーに五つの量の位置を書き込んだもので、アームの寸法は実効長230mm で計算した値です。点線の円は後で説明する二つの零点の位置です。
低域共振
共振の式と目安
レコードの溝はカートリッジの針先を左右と上下に振り、針先の動きはカンチレバーを通して発電の部分に伝わります。針先を支えるダンパーのゴムは、低い周波数ではばねとして働きます。溝が針先を押さえているので、アームとカートリッジの全体が、このばねの上に載った重りとして揺れます。共振の周波数は重りの質量とばねの柔らかさで決まり、針先から見た質量(アームの実効質量にカートリッジとねじの質量を足した値)をグラム、コンプライアンスを10⁻⁶cm/dyne で表すと、159を二つの積の平方根で割った値になります。
図2は針先から見た質量とコンプライアンスの組み合わせごとに共振周波数を計算し、同じ周波数の組を線で結んだものです。色を付けた範囲は AnalogMagik や Dr. Feickert の Adjust+ といった現在の調整の道具が目安にする8〜12Hz です。コンプライアンスが15の柔らかいカートリッジなら、質量の合計が12g から26g の間でこの範囲に入ります。コンプライアンスが5の硬いカートリッジでは、35g から79g が要ります。
目安の下限は盤の反りで決まります。Shure の Happ と Karlov は、市販の67枚の盤の面の凹凸を測って210の反りを取り出し、33⅓回転で針先が受ける周波数に直した結果を、1976年に AES の学会誌(Journal of the Audio Engineering Society)に報告しました。
図3はその210の反りを、同じ年に Acoustic Research の Kates が1Hz ごとに数え直した数です。反りの75% が5Hz 以下に、94% が8Hz 以下に入ります。反りの振れは周波数の低いものほど大きく、測った最大の振れは1Hz で約0.6mm、8Hz で約0.05mm でした。共振が反りの周波数に重なると、反りの上下が共振で増幅されます。
図4はコンプライアンス15のカートリッジで共振を6Hz、10Hz、15Hz に置いた三つの組み合わせ(Q はどれも3)について、周波数ごとに測った反りの最大の振れで針圧がどれだけ揺れるかを計算した例です。共振を6Hz に置くには質量の合計が47g 要り、6Hz 付近の反りで針圧は2.5gf 揺れます。針圧2g なら、揺れの片側で針先が溝から離れます。共振を10Hz(質量17g)に置くと揺れは最大0.7gf、15Hz(質量8g)では0.15gf です。
目安の上限は音楽で決まります。共振が20Hz に近づくと、最低域の出力が共振の山で持ち上がります。1970年代の論文が勧める共振の位置は、およそ7〜15Hz に集まります。Happ と Karlov は、反りの数が7Hz より下で急に増えることから下限を約7Hz とし、共振の影響を可聴帯域から外すため上限を15Hz としました。日本のメーカーも同じ考えで、ソニーの技術者は1975年の AES の大会で、反りの影響を小さくするためアームの共振を10Hz 前後に選ぶと書き、1979年の Technics のトーンアーム EPA-500 の説明書は、低域共振が低すぎると7Hz 以下の反りが機械的に増幅されてひずみや針飛びを招くことがあり、高すぎると20Hz より上の可聴帯域に悪い影響が出るとして、10Hz 前後に置くよう書いています。現在の道具が使う8〜12Hz はこの範囲に収まります。カートリッジのメーカーの現在の資料も、Ortofon が7〜12Hz(10Hz を推奨)、Dynavector の英語の技術解説が8〜12Hz、オーディオテクニカの米国の法人が9〜13Hz を目安に挙げています。
範囲を外れた共振
共振が目安の範囲から大きく外れると、影響はその周波数のまわりにとどまらず、音楽の再生と盤そのものに及びます。Happ と Karlov は先の論文で、反りでカートリッジと盤のすき間が揺れると針圧が揺れ、一瞬でも足りなくなると針先が音楽の振れに追従できなくなり、ひどい場合には針飛びが起きたり、カートリッジの本体が盤面に当たったりすると書いています。
図4の共振6Hz の例では、針圧2g に対して針圧が2.5gf 揺れるので、揺れの片側で針先は溝から浮き、反対の側では4.5gf と、設定の2倍を超える力で溝に押しつけられます。英国の Barlow は1971年、コンプライアンスのとても大きいカートリッジを、ヘッドシェルや取り付けの金具で針先の近くが重くなるユニバーサルアームに付けると共振はとても低くなり、Snell が測った設計では3Hz まで下がって、針飛びとハウリングを避けるのが難しかったと書いています。
反った盤の上で針圧が足りなくなり、針先が溝の振れに追従できなくなると、溝が傷みます。RCA のレコード部門の Eargle は1969年、ステレオ盤が出たころ、縦の動きに追従できないモノのカートリッジでステレオ盤を再生すると、音がひずんだだけでなく、盤そのものが大きく傷んだと振り返っています。パイオニアの山本武夫は1972年、針先がいったん溝の壁から離れると、別の溝へ飛び込むまでには至らなくても、振動系が自由に振動を始めて出力が大きくひずむことを示し、そのときに溝に残る変形を写真で示しました。
図5は、高い周波数の共振のあたりで針先が動きにくい MC 型のカートリッジで、12kHz、毎秒3.54cm の左チャンネルの溝を、針圧3g で1回再生した後の溝の写真です。山本は、この針圧でも針先は壁から離れかけていて、離れた針先が再び当たった所で壁が大きく変形していると書いています。
共振で増幅された反りは音にも二つの形で現れます。一つは音程の揺れです。反りでカンチレバーが上下に振れると、針先は溝に沿って前後にも動き、溝の速さが変わったのと同じことになります。Shure の Anderson は1979年、高コンプライアンスのカートリッジと平均的なアームでよくある8Hz の共振で、アームが目に見える0.8mm の幅で揺れると、針先は溝に沿って毎秒0.7cm で前後し、溝の速さ毎秒約35cm に対して2% の周波数変調になって、はっきり聞こえると書いています。
もう一つは、可聴域より低い大きな出力です。ステレオの溝では縦の動きは左右のチャンネルに逆の位相で現れ、再生特性(RIAA)は低い周波数ほど大きく持ち上げるので、反りの動きはそのまま電気の信号になってアンプとスピーカーに届きます。Happ と Karlov は、この信号がウーファーの大きな動きやアンプの過負荷によるひずみを招くと書き、Anderson は、プリアンプの過負荷が最も起きやすいのは、再生特性で持ち上げられた低い周波数だと指摘しています。
図6は図4と同じ三つの組み合わせについて、測った反りの最大の振れが RIAA の再生特性を通った後にどれだけの出力になるかを、1kHz の基準レベル(横の振れで毎秒5cm)に対して計算した例です。共振6Hz では、6Hz の出力が基準レベルを8.0dB 上回ります。共振10Hz でも最大で基準レベルを0.9dB 上回り、共振15Hz では基準レベルより9.5dB 小さくなります。国際規格 IEC 98 は1976年の修正で、再生特性に、20Hz より下を下げる時定数7950μs の項を加えました。この項は6Hz を10.8dB 下げますが、共振6Hz の組み合わせの出力はそれでも基準レベルより2.7dB 小さいだけです(図の破線)。
反対に、共振を目安より高く置くと、共振の山が音楽の帯域に入ります。
図7は、溝の振れに対して針先とカートリッジの本体がどれだけ相対的に動くか(発電の量)を、Q を3として、共振の周波数ごとに計算した例です。共振20Hz では20Hz が9.5dB、40Hz でも2.3dB 持ち上がります。共振30Hz では30Hz が9.5dB 持ち上がる一方、20Hz は2.6dB、15Hz は9.8dB 下がり、30Hz と15Hz の音量の差は19dB 開きます。Nakai は1973年に AES の学会誌で、盤にカッティングされる音楽の最も低い音を、大きなパイプオルガンで約15Hz、現実的には20Hz 近くとしています。Happ と Karlov は、共振が20Hz に近い組み合わせでは、低域の山とハウリングが問題になることがあると書いています。共振が30〜50Hz にあるアームは1960年代には珍しくなく、Anderson は、そのころの共振の山が組み合わせの最低域の限界を決めていたと書いています。日立の技術者も1979年、この最も低い共振はレコード再生の低音の限界を与えると同時に、不要な低い周波数の雑音を除く役を果たしていると書いています。
共振の周波数では、溝をたどるのに要る力も増えます。共振ではカンチレバーのたわみが溝の振れの Q 倍になるからです。良質の盤にカッティングされる最大の振れ(振幅0.05mm)を、コンプライアンス5のカートリッジでたどるには、共振から離れた周波数なら1.0gf で足りますが、Q が3の共振の周波数では3.3gf が要ります。このカートリッジで共振を音楽の帯域に置き、針圧2.5g で使えば、共振の周波数では最大の振れをたどれません。Kates も反りを数え直した1976年の論文で、コンプライアンス20のカートリッジで実効質量を20g から2g に下げると(共振は約8Hz から約25Hz に上がる)、反りをたどる力は減る一方で、音楽の最大の振れをたどる力は0.28g から0.39g に増え、10g より軽くしても必要な針圧の合計はほとんど減らないと計算しています。
共振の高さ
共振の周波数が8〜12Hz に入っていても、山が高ければ反りの影響は大きく残ります。山の高さは Q で表し、カートリッジのダンパーのゴムの損失や、アームの軸受や油の槽の抵抗で決まります。
図8は共振を10Hz、コンプライアンスを15とし、測った反りの最大の振れに対する針圧の変動を、Q を変えて計算した例です。共振より低い反りでは、アームが盤面に乗って一緒に動くので、2Hz の反りで0.12gf と、Q によらず小さく収まります。10Hz の反りでは、Q が1なら0.28gf、2なら0.45gf、5なら1.0gf になります。
同じ共振は溝の横の振れに対する出力にも現れます。図9は図7と同じ計算で、共振を10Hz とし、Q を変えた例です。Q が5なら共振の10Hz で14dB の山になり、20Hz でも2.4dB 持ち上がります。Q が2なら共振で6dB、20Hz で2.0dB です。1976年に Happ と Karlov が調べた当時の組み合わせでは、共振の山は Q にしておよそ2.7〜5 で、ソニーの技術者も1981年、一般のアームの共振の山を8〜13dB と書き、速度帰還で山を抑えたアームでは針飛びもなくなったと報告しています。
ダンピングは山の高さを下げますが、共振の周波数はほとんど変えません。周波数は質量とコンプライアンスで決まります。ダンピングの置き場所には二通りあり、カートリッジのダンパーのゴムで抑える方法と、アームを油の槽や支点の油で抑える方法があります。アーム側の抵抗は共振より低い周波数でアームが反りに乗って動くのも妨げるので、同じ Q を得るなら、アーム側で抑えるほど、ゆっくりした反りでの針圧の変動が増えます。
この配分は1978年に AES の学会誌で論争になりました。カナダの Waterloo 大学の Lipshitz は、急な反りを模した波形への応答を計算し、全体をほぼ臨界減衰にして、その半分以上をアームに持たせるのが最良の妥協だとしました。発明家の Rabinow は、アームのダンピングは反りの上でカンチレバーの角度を変えて音を周波数変調するので有害で、アームはできるだけ軽くし、ダンピングは針の側に置くべきだと反論しました。Lipshitz は返答で、最大の反りでもアームのダンピングによる針圧の変化は約0.3g にとどまり、共振が5〜10Hz にある多くの組み合わせにはダンピングが要ると書いています。
現行のアームでは、Kuzma の 4Point が上下と左右の二つの油の槽を持ち、SME の Model 60 は左右の動きだけに効く槽を、Graham は支点のまわりに油を使います。Kuzma は説明書で、ダンピングは共振の大きさを変え、周波数は変えないと書いています。
100Hz と10Hz
共振を計算するには、カートリッジのコンプライアンスが要ります。ところが、メーカーが示すコンプライアンスは、測る周波数が揃っていません。2026年10月に各社の製品一覧に載っていたカートリッジ429機種の仕様を数えると、100Hz で測った値と書く機種が95機種、10Hz と書く機種が Miyajima Laboratory の21機種で、214機種は測る周波数を書いていません。29機種は針を止めた状態のたわみで測る静的な値で、その多くは Dynavector と Goldring の機種です。残る70機種はコンプライアンスを公表していません。Goldring は製品の仕様とは別に、サポートの FAQ に6機種分の10Hz の値を書いています。Ortofon の93機種はどれも「動的、横方向」とだけ書いています。同じメーカーの中でも書き方は揃っておらず、デノンの DL-103 の説明書は周波数を書きませんが、同じカートリッジをヘッドシェルに付けて売る DL-A110 は「100Hz レコード使用」と書いています。
ダンパーのゴムは粘弾性の材料で、ゆっくり押すと柔らかく、速く押すと硬く振る舞います。同じカートリッジでも、100Hz で測ったコンプライアンスは10Hz で測った値より小さくなります。Shure の技術者は1966年、当時のダンパーで800Hz まで5のコンプライアンスを保つには、20Hz 付近で20〜25が要ると書き、1977年の論文ではダンパーのゴムの値を10Hz を基準にして定めています。オーディオテクニカの米国の法人のサポート記事(2016年)は、同社の100Hz の値を1.5〜2.0倍して10Hz の値に直し、共振を計算するよう書いています。エクセルサウンドの Hana も100Hz の値10に、10Hz では16〜17と推定する値を添えています。どちらも換算の根拠は書いておらず、現行の製品で、同じ機種の10Hz と100Hz の値を両方測って書いたメーカーはありません。
図10はダンパーのゴムを、ばねと粘性の要素を組み合わせた標準的な模型(標準線形固体)で表し、測る周波数とコンプライアンスの関係を計算した例です。10Hz の値が100Hz の値の1.5倍になるのは、ゴムが10Hz で約0.18の損失(損失係数)を持つとき、2倍になるのは約0.39のときです。損失が大きいゴムほど共振の山をよく抑え、同時に、測る周波数による値の差も大きくなります。
この差はメーカー自身も扱ってきました。Technics は1970年代の資料でコンプライアンスを100Hz の動的な値で示し、静的な値をその2倍として並べ、1976年の EPA-100 の説明書では、低域共振から逆算した値を100Hz の値の約1.7倍の目盛りで示しています。現行のオーディオテクニカも57機種に静的な値と100Hz の値を並べており、静的な値は100Hz の値の1.2〜7.5倍(中央2.9倍)です。Goldring は、アームとの組み合わせを決めるのは10Hz で測る動的な値で、静的な値はその判断の役に立たないと説明しています。日本の JIS(C 5503「ピックアップ」)はコンプライアンスの測り方を定めていなかったので、100Hz の値は規格ではなくメーカーの慣行による表記です。
共振の周波数のあたりで効くのは、10Hz に近い値です。図11は DL-103 の公表値(質量8.5g、コンプライアンス5)を100Hz の値とみて、ねじの1g を足し、アームの実効質量ごとの共振周波数を計算したものです。100Hz の値をそのまま入れると、実効質量15g のアームで14.4Hz と8〜12Hz を外れますが、10Hz の値を1.5倍の7.5とすれば11.7Hz、2倍の10とすれば10.2Hz で、8〜12Hz に入ります。
実効質量の内訳
アームの実効質量は、アームを支点のまわりに回すときの重さを針先の位置での質量に直した値です。部品ごとに、質量に支点からの距離の2乗を掛けて足し、支点から針先までの距離の2乗で割ります。支点から遠い部品ほど大きく効き、針先の近くにあるヘッドシェルやカートリッジは、その質量がほぼそのまま加わります。カウンターウェイトは支点の後ろにあり、同じ釣り合いを取るなら、重いおもりを支点の近くに置くほど寄与が小さくなります。Thorens の技術者が1977年に示した実効長230mm の軽いアームの設計例では、長さ230mm で4.96g のパイプが1.65g、支点から35mm に置いた76.6g のカウンターウェイトが1.78g を占め、取り付けの部品とカバーを合わせた実効質量は5.25g でした。ソニーの技術者が1975年に示した実効長237mm のアームでは、針先から見た質量25.2g のうち、カートリッジとヘッドシェルが16.0g を占め、アームパイプは4.5g、カウンターウェイトは4.7g でした。
図12は、ヘッドシェルを差し替えるユニバーサルアームと、同じアームパイプの先をそのままヘッドにしたストレートアームについて、同じカートリッジを付けたときの針先から見た質量を部品ごとに積み上げて計算した例です。ユニバーサルアームはヘッドシェルを現行の Technics の付属品と同じ7.6g とし、カートリッジを除くアームの実効質量が、1979年の SL-1200MK2 の説明書が書く12g(ヘッドシェル込み)になるように、パイプとカウンターウェイトを置きました。ヘッドシェルは針先から後ろの約5cm の範囲にあるので、7.6g のうち6.0g が針先から見た質量に加わり、アームの12g の半分を占めます。ストレートアームでは差し込み部とヘッドシェルがなく、アームパイプの先の3g の部分がヘッドになるので、アームの実効質量は6.1g に下がります。公表値でも、Pro-Ject は9インチのアーム EVO 9AS の実効質量を、ヘッドシェル込みで24.2g、ヘッドシェルなしで10.6g と書いており、ヘッドシェルの分が半分を超えます。
実効質量を公表していないアームでも、量れる部品から見積もれます。量るのは、カートリッジをねじで取り付けたヘッドシェルと、外したカウンターウェイトの二つで、測るのは、針圧を掛けた状態での支点からカウンターウェイトの中心までの距離です。パイプや軸受のように量れない部分は、アームの釣り合いから逆算します。支点より前の部品のモーメントの和は、カウンターウェイトのモーメントと針圧のモーメントの和に等しいからです。釣り合いの式で量れない部品を消す書き換えは、Stevenson も1966年に Wireless World 誌で実効質量の式に使っています。
図13は、ヘッドシェルとカートリッジを針先の位置の一点に、量れない部分を支点から針先までの一様な棒に置き、釣り合いの式で棒の質量を消して得た式と、前の図のアームでの計算の例です。式の値は20.9g で、部品ごとに計算した19.5g より7% 大きく出ます。ヘッドシェルの重心は針先より後ろにあり、量れない部分も針先までは届いていないので、式は実際より少し大きく出ます。ストレートアームの例でも7%、Thorens の技術者が示した設計例の部品で計算すると5〜6% 大きく出ました。共振の周波数に直すと、2〜3% 低めに見積もることになります。
実効質量は測って確かめることもできます。コンプライアンスの分かったカートリッジを付け、テストレコードの低域スイープで共振を測れば、共振の式から質量の合計が出ます。Hi-Fi News の Analogue Test LP は横に25Hz から5Hz、縦に20Hz から6Hz のスイープを持ち、The Ultimate Analogue Test LP は縦に1kHz から10Hz のスイープを持ちます。AnalogMagik のソフトは横のスイープのピークから共振を読みます。
ヘッドシェルは質量のほかに、アームとのつなぎ目の固さでも再生に関わります。日立の技術者は先の1979年の論文で、アームパイプに約250Hz の共振があり、その原因がヘッドシェルとアームパイプのつなぎ目の柔らかさにあることを計算と実験で示し、より強く固定できるコネクターに替えると350Hz 以上に上がったと報告しています。1kHz より低い所に出るこうしたアームの共振は、音質を妨げる可能性が大きいとも書いています。ヘッドシェルのロックナットの締め付けが甘ければ、つなぎ目はさらに柔らかくなり、この共振は下がります。当社の Static Eraser シリーズは、このつなぎ目の嵌合対策に除電の効果を盛り込んだヘッドシェルリングです。
現行の組み合わせ
アームの実効質量は、仕様に書かれていないことが少なくありません。2026年10月に各社の製品一覧に載っていたアームとプレーヤー217機種のうち、95機種は実効質量を書いていません。そのうち74機種は代わりに「適用カートリッジ質量」や「適合カートリッジ質量」のように、カウンターウェイトで釣り合いが取れるカートリッジの質量の範囲を書いています。Technics の SL-1200GR2 なら5.6〜12.0g、補助ウェイトを付けると10.0〜16.4g です。この範囲からは共振を計算できません。Technics の現行の10機種の説明書に実効質量の項目はなく、1979年の SL-1200MK2 と2007年の SL-1200MK6 の説明書は12g と書いていました。
実効質量を書いていても、ヘッドシェルを含む値かどうかまで書くものは多くありません。実効質量を書く122機種の半分を超える70機種は、ストレートアームです。残る52機種のうち、含む値と含まない値を並べるのは Pro-Ject の EVO AS 系の6機種だけで、ほかはどちらの値かを書いていません。ヘッドシェルを差し替える EVO AS 系の値は、ヘッドシェル込みで24.2〜28.1g です。カートリッジの側でも、推奨するアームの実効質量を数値で書くのは Goldring、Soundsmith、van den Hul の3社で、Lyra は「中くらいから、やや重いアーム」と言葉で書いています。
国内の現行のアームは重いヘッドシェルと重いカートリッジを載せられるように作られています。釣り合いが取れる質量の上限をヘッドシェル込みで書く機種では、補助ウェイトを使う場合を含めて、Glanz の MH-900S が47g、デノンの DP-3000NE が37g、Dynavector の DV 507 MkII が35g、ヤマハの GT-5000 が34g、SAEC の WE-709 が32g(別売のウェイトでは38g)、Technics の SL-1000R が31g です。付属のヘッドシェルも、Technics の7.6g に対して、デノンは11g、Glanz は12g、ヤマハは14g、Dynavector は15.4g、SAEC と Fidelix は16g あります。オルトフォンジャパンは、1970〜80年代前半までのアームには、軽いカートリッジを前提に、ヘッドシェルを含む「対応自重」を概ね18g 未満に抑えたものが多かったと説明しています。
別売のヘッドシェルにも、オーディオテクニカの AT-LH18/OCC の約18.0g、オルトフォンジャパンの LH-4000 の14.3g のような重いものがあります。メーカーの日本語の解説はヘッドシェルの重さを音の傾向と許容重量の問題として扱います。オーディオテクニカは、重いヘッドシェルはトーンアーム全体の質量を増やして音に「力強さや締まり」を生むと書き、条件には、カートリッジを付けた合計の重さがアームの許容範囲に収まることを挙げています。オルトフォンジャパンも、軽くコンプライアンスの高い MM 型には10g 以下の軽いヘッドシェルを勧める一方で、重心の低い音を望むなら重いヘッドシェルを勧めています。どちらの解説も、ヘッドシェルの重さで共振の周波数がどれだけ動くかには触れていません。
図14は、図12のユニバーサルアームで、ヘッドシェルだけを替えたときの共振周波数を計算した例です。重いヘッドシェルに替えたら、カウンターウェイトを同じ位置のまま重くして釣り合わせました。補助ウェイトを足して釣り合わせる場合に当たります。カートリッジは6.5g、ねじは1g です。ヘッドシェルを1g 重くすると、アームの実効質量もほぼ1g 増えます。ヘッドシェルの質量の8割近くが針先から見た質量に加わり、釣り合いのために重くしたカウンターウェイトの分も足されるからです。Technics の付属品と同じ7.6g のヘッドシェルを、SAEC や Fidelix の付属品と同じ16g のヘッドシェルに替えると、カートリッジを除くアームは12.0g から20.1g になり、コンプライアンス20のカートリッジの共振は8.1Hz から6.8Hz に、15のカートリッジは9.3Hz から7.8Hz に下がります。どちらも、測った反りの94% が入る8Hz 以下の周波数です。コンプライアンス10の硬いカートリッジなら、16g のヘッドシェルでも9.6Hz にとどまります。
図15は現行のカートリッジのうち質量とコンプライアンスを公表する269機種(78回転用とヘッドシェル付きの機種を除く)を、付属の7.6g のヘッドシェルのアーム(12.0g)と、16g のヘッドシェルを付けたこのアーム(20.1g)に付けたときの共振周波数を計算し、周波数の範囲ごとに数えたものです。カートリッジの質量にはねじの1g を足しました。公表値をそのまま入れると、16g のヘッドシェルでは269機種のうち112機種が8Hz を下回り、そのうち60機種は、Happ と Karlov が下限とした約7Hz も下回ります。付属の7.6g のヘッドシェルのままなら、8Hz を下回るのは52機種、7Hz を下回るのは4機種です。型式で分けると、16g のヘッドシェルでは、MM 型は69機種のうち38機種、MI 型は39機種のうち27機種、MC 型は160機種のうち47機種が8Hz を下回ります。
コンプライアンスの書き方の違いが、これに重なります。16g のヘッドシェルのアームで、100Hz と書く67機種は中央が9.3Hz ですが、オーディオテクニカの米国の法人の勧めどおり1.5倍すると中央は7.6Hz、2倍すると6.5Hz に下がり、8Hz を下回るのは1.5倍で41機種、2倍で56機種です。100Hz の値を1.5倍して数え直すと、8Hz を下回るのは269機種のうち148機種と半数を超え、付属の7.6g のヘッドシェルでも65機種になります。測る周波数を書かない159機種は中央が7.6Hz ですが、これらが10Hz の値かどうかは資料から分かりません。静的な値は10Hz の値より大きいので、そのまま入れると共振を低く見積もります。
コンプライアンスの小さい MC では、事情が逆になります。DL-103 を付属の7.6g のヘッドシェルのアーム(12g)に付けると、コンプライアンス5をそのまま入れた計算では15.3Hz、DL-A110 の書き方に従って100Hz の値とみて1.5〜2倍すると10.9〜12.5Hz です。16g のヘッドシェルなら、そのままで13.1Hz、1.5〜2倍で9.3〜10.7Hz と目安に入ります。重いアームと重いヘッドシェルは、硬いカートリッジには合っても、柔らかいカートリッジの共振を目安の下へ押し下げます。
上で見たように、ヘッドシェルを差し替えるユニバーサルアームと、ヘッドシェルを使わないストレートアームでは、合うカートリッジのコンプライアンスが大きく違います。ユニバーサルアームが使われるのは、ほとんどが国内です。これは、ユニバーサルアームに要るアームパイプの曲げの精度を海外では出せなかったためでもあり、1970〜80年代のハイコンプライアンスの全盛期に、実効質量をできる限り軽くするよう求められてユニバーサルアームが少数派になった名残でもあります。
国内のカートリッジの売り上げが下がってきたこともあり、海外のトーンアームの事情に合わせた設計の変更も目につくようになりました。最近では、オーディオテクニカが2025年に VM シリーズを刷新した AT-VMx シリーズがそうです。取り付け穴はビスとナットで留める貫通穴から、欧米で主流のストレートアームにもナットなしで留められるねじ穴に変わり、公称の垂直トラッキング角は23度から20度になりました。コンプライアンスと質量も変わっています。マイクロリニア針の VM740ML と AT-VM740xML を比べると、静的な値は40から20に、100Hz の値は10から7に下がり、質量は8.0g から8.8g に増えました。実効質量を書くストレートアーム70機種の中央は約11.5g です。この重さのアームで100Hz の値を1.5〜2倍して共振を見積もると、VM740ML は7.9〜9.1Hz で、2倍の換算では8Hz を下回りますが、AT-VM740xML は9.2〜10.7Hz と8〜12Hz の中ほどに入ります。
共振は測って確かめられます。日本オーディオ協会のテストレコード AD-1 は、4〜100Hz の低域共振を測るスイープのバンドと、インサイドフォースを試す無変調の溝を持っています。1970年代に日本コロムビアが作った金属原盤から2014年に再発売された盤で、Fidelix の中川伸は2023年に、今も手に入る盤としてこれを使っています。一方で中川は、テストレコードで共振を測るには専用のイコライザーと記録の機器が要り、ハードルが高いとも書いています。Fidelix は同じ年、テストレコードを使わずに共振を測る「f0 チェッカー」を発表しました。小さなスピーカーのユニットを発振器で4〜25Hz に揺らすアクチュエーターに針先を載せ、目盛りを回して、揺れが目に見えて最も大きくなる所の目盛りを共振の周波数として読む道具です。
測った共振の周波数と、前の節の式で見積もった針先から見た質量があれば、10Hz 付近のコンプライアンスを逆算できます。159を共振の周波数で割った値の2乗を、質量で割った値です。針先から見た質量が20.9g の組み合わせで共振が10Hz なら約12で、カタログの100Hz の値が8なら、このカートリッジの換算の倍率は1.5倍だと分かります。
なお、青龍・朱雀ではコンプライアンスの値を公開していません。上で見たように、トーンアームの実効質量はカウンターウェイトの位置によっても上下し、共振の山の高さを表す Q もアームの構造によって大きく変わるためです。Shure も1978年の技術セミナーで V15 Type IV のコンプライアンスを問われ、「可聴周波数帯域における針のコンプライアンスは公表していない。コンプライアンスは一定値ではなく、周波数によって変化するためだ。また、低い可聴周波数においてさえ、コンプライアンスは性能を決定する複数のパラメーターの一つにすぎない。高いコンプライアンスは可聴帯域全体の性能向上につながると思われがちだが、実際には高域の再生性能を悪化させることもある」と答えており、当社もこの見解を支持します。
針圧
針圧が支えるもの
針圧は針先を溝の底へ押しつけておくための力です。溝の振れは針先を左右と上下に動かし、そのたびに針先へ力を返します。Shure の Kogen は1968年、針先が溝をたどれる限界を、低い周波数では振れの大きさ(カンチレバーのばねの硬さ)、中ほどでは振れの速さ(ダンパーの抵抗)、高い周波数では振れの加速度(振動系の質量)で決まると整理しました。90度の V 字の溝では、これらの力が針圧を上回ると、針先は片方の壁から離れます。
図16はコンプライアンス15、振動系の実効質量(針先から見た可動部の質量)0.3mg のカートリッジについて、低い周波数のばねの力と高い周波数の慣性の力を、溝の振れの速さごとに計算したものです。315Hz で毎秒20cm(振幅101μm)の振れをたどるには0.70gf、毎秒30cm なら1.05gf が要ります。10kHz で毎秒20cm なら0.41gf です。コンプライアンスが8の硬いカートリッジでは、315Hz の毎秒20cm に1.30gf が要ります。追従を試すテストレコードの315Hz のバンドは、振幅50〜100μm(毎秒10〜20cm)で、この低い周波数の側の力を試しています。コンプライアンスが小さいカートリッジほど指定の針圧が重いのは、この力の違いによります。図の0.3mg は現行品で振動系の実効質量を公表する Goldring、Soundsmith、van den Hul の3社の値(0.24〜0.7mg)の範囲にあります。
指定範囲の中で決める
針圧を指定範囲の中で上げても、針先が溝の壁を押す圧力は、針圧ほどには増えません。
図17は針先と塩化ビニルの壁の弾性接触(ヘルツの接触)を計算し、針圧1g のときを1として、接触の面積と最大の圧力の比を示したものです。比は針先の形によらず同じです。針圧を増やすと、針先は少し深く沈んで接触の面が広がり、圧力は針圧の3乗根でしか上がりません。また、範囲の下限の針圧でも、壁は変形しないわけではありません。Barlow は1958年、半径1mil(25μm)の丸針が塩化ビニルに跡を残さない針圧の限界を、90度の溝で0.64g と見積もりました。市販のカートリッジの針圧では、壁はわずかに変形しながら針先を支えています。
範囲の中のどこを選ぶかは、追従の余裕で決めます。日本楽器の技術者は1980年と1982年に、メーカーの指定する最適針圧は、統計的には室温20℃で300Hz・振幅70μm の溝をたどれる限界の針圧に当たると書きました。この限界はダンパーのゴムの温度で大きく変わり、彼らが測った4機種では、10℃のときの値が30℃のときのほぼ2倍でした。寒い部屋では、範囲の上の側が要ります。テストレコードで決めるなら、Ortofon の Test Record の説明書は、315Hz の追従のバンドで左右の両方が崩れるとき、改善が止まるまで針圧を上げるよう書いています。
針圧の値は針圧計で、盤面と同じ高さで測ります。アームの重心が支点の軸より下にあるアームでは、アームの傾きで針先の力が変わるからです。
図18は回る部分の質量が300g のアームについて、針圧計の測る点の高さと盤面の高さの差が、針圧の読みをどれだけ変えるかを計算したものです。重心が支点の軸より10mm 低いアームで、針圧計の台が盤面より5mm 高いと、読みは0.28gf 大きく出ます。重心が支点の軸と同じ高さなら、高さによらず同じ値を示します。日本の JIS も、針圧は指定の針の位置と高さで測ると定めていました。
範囲を外れた針圧
指定の範囲より軽い針圧では、大きな振れの所で針先が溝の壁から離れます。低域共振の節で見たとおり、離れた針先は自由に振動して出力を大きくひずませ、戻った所で壁を変形させます。アームを作る VPI は説明書で針圧を推奨の範囲の高い側に置くよう勧め、軽い針圧で針先が溝の中で暴れる方が溝を傷めると説明しています。オルトフォンジャパンも日本語の解説で、針圧が範囲より軽いと針先が浮き上がって音が途切れたりかすれたりし、極端な場合は針先が音溝を外れてカートリッジが盤の上を滑り、盤面と音溝に直せない傷が付くことがあると書いています。Stevenson も1966年の Wireless World 誌の記事で、1g 未満の針圧では溝のほこりが追従の妨げになると書いています。
追従を失った音も変わります。Shure の Anderson と Jenrick は1972年、針先が追従できなくなった音はざらつき、割れたように聞こえると書いています。二人は針圧を下げて追従できなくしたオーケストラのベルの音を分析し、基本音と倍音は残るものの、そのあいだが雑音で埋まることを示しました。高い音で追従を失うと、低い周波数と中ほどの周波数にも雑音が加わります。
指定の範囲より重い針圧では、溝の壁の変形が増えます。山本は先の論文で、針圧を重くすれば針先が壁から離れるのは抑えられるが、壁に大きな圧力が加わって壁を永久に変形させ、それがまたひずみの原因になると書いています。Stevenson も同じ記事で、針圧が上限を超えると溝の変形が弾性の限界を超え、盤がすり減ると書いています。オルトフォンジャパンの解説も、重すぎる針圧は音溝、針先、カンチレバーとダンパー、アームに設計の想定を超えた負荷をかけて摩耗と劣化を早め、ダンパーが支えきれなければカートリッジの底面が盤面に触れて傷を付けるおそれがあるとしています。
RCA の研究所の Woodward らは1968年、再生した後の溝を電子顕微鏡で撮り、壁の変形を写真で示しました。セラミックのカートリッジを針圧5g で使うと、1回の再生で、変調の山から押しのけられた材料が山の後ろの斜面に盛り上がる跡が見え、跡は回数とともに増えました。
図19は、短い波長の縦の変調をカッティングした塩化ビニルの盤の溝を、カートリッジと針と針圧を変えた4通りの組み合わせで、50回再生した後の写真です。A はセラミックのカートリッジと半径0.7mil(18μm)の丸針で針圧5g、B と C は高品質のカートリッジと楕円針で1.5g、D は C と同じカートリッジと0.7mil の丸針で1.5g です。
傷んだ溝からは、実際に高域が失われます。私の手元にある Sonny Rollins の『A Night At The "Village Vanguard"』(Blue Note BLP 1581)の初出盤と、後にプレスされた第2版は、同じメタルマザーから作られた盤で、カッティングされた溝の振れは同じです。初出盤は盤の状態も悪く、ところどころでパチパチという雑音が入ります。同じ曲を同じ再生系で録り、雑音の少ない区間で帯域ごとの大きさを比べました。
図20は二つの録音の時間のずれを直し、曲の60〜240秒の区間で、1/6オクターブの帯域ごとに初出盤と第2版の大きさの差を求めたものです。音量は250〜2000Hz でそろえました。4kHz より下の差は左右とも0.2dB 以内で、二枚の溝には同じ演奏が同じ大きさで残っています。10kHz を超えると初出盤が小さくなり、13.5kHz では3.1〜3.5dB 小さく出ます。この帯域には演奏の音が大きく入っていて(第2版で1kHz の帯域より5dB ほど大きい)、初出盤では演奏の音そのものが小さく出ています。16kHz より上は演奏の音が小さく、二枚の盤の雑音の違いが出ます。5〜8kHz では逆に初出盤の方が少し大きく、左で最大1.6dB、右で最大0.8dB の差があります。
重い針圧はカンチレバーも沈めます。コンプライアンス15、長さ5mm のカンチレバーでは、針圧を1g 重くすると1.7度沈み、SL-1200MK2 の高さの調整の全幅で動く1.5度より大きく角度が変わります。発電の部分も磁気回路の中の正しい位置からずれます。Barlow は1971年、静的なコンプライアンスが大きすぎた初期の設計で、推奨の1.5g では追従せず、2g ではカンチレバーが磁極に当たってしまった例を挙げています。
揺れる針圧
演奏中の針圧は一定ではありません。反った盤では、共振の節で見たとおり、反りの周波数と共振の Q に応じて針圧が揺れます。ほかにも二つの要因があります。
一つはアームの釣り合いの方式です。カウンターウェイトをずらして針圧を掛けるスタティックバランスと、アーム全体のゼロバランスを取ってからばねで針圧を掛けるダイナミックバランスは、盤の反りに対しては同じように振る舞います。どちらもアームの回る部分全体が支点で支えられ、針先から見た質量とカンチレバーのばねで決まる同じ運動をするからです。違いが出るのは床の振動でプレーヤー全体が上下に揺れたときです。
図21は針圧2g、共振10Hz のアームを載せたプレーヤーが、加速度0.1m/s² で上下に揺れたときの針圧の変動を、揺れの周波数ごとに計算したものです。スタティックバランスでは、釣り合いを崩した針圧の分だけが揺れの加速度を受けるので、ゆっくりした揺れで0.02gf(針圧の1%)、共振の10Hz では Q が5なら0.10gf(5%)変動します。ダイナミックバランスでは、揺れの力がアーム全体で釣り合うので、針圧は変わりません。
もう一つは支点の高さです。溝の摩擦は針先を溝に沿って引き、その力のうちアームの向きの成分は、針先を支点から遠ざける向きに働きます。支点の軸が針先より高いと、この力は支点のまわりに、針先を持ち上げる向きのモーメントを作ります。摩擦係数0.2、支点の軸が針先より20mm 高い場合、針圧は1.6% 減ります。摩擦は溝の振れで変わるので、この分も演奏中に揺れます。
角度
垂直トラッキング角と SRA
ステレオ盤は左右の信号を互いに直角な二つの向きの溝の振れとして記録し、左右の差の成分は針先を上下に動かします。この上下の動きの向きは真上からではなく少し前に傾いています。カッティング針は支点から伸びた腕の先にあり、上下に振れると支点を中心とする円弧を描くからです。盤面の法線とこの向きのなす角を、カッティングする側では垂直録音角、再生する側では垂直トラッキング角と呼びます。
カッティングする側の角度は規格で決まってきました。米国の RIAA は1961年に15度を勧め、ドイツの Hi-Fi の規格 DIN 45 500 も15±5度を求めました。1967年には上位のカートリッジの角度が18〜20度にあり、1969年には RCA の技術者が、15度は設計の中心として低すぎると書いています。1972年までに推奨は20±5度に移り、現行の国際規格 IEC 60098(2020年。1987年の IEC 98 第3版と同じ条文)は、溝の変調の向きを含む面を盤面の法線から20度(許容差は+5度、−0度)傾けると定めています。
ただし、盤が規格どおりにカッティングされていたとは限りません。Shure の Woodard は1982年、同じ試験信号のテープを米国の6つのカッティングの工房に送ってカッティングしてもらい、できた盤の縦の変調の角度を測りました。図22はその結果を、同じ調査で測った市販のカートリッジの垂直トラッキング角と、規格の角度に重ねたものです。盤の角度はカッターヘッドの機種で分かれ、Westrex の機種で14〜17度、Ortofon の機種で15〜20度、Neumann の機種で20〜24度でした。周波数や振れの大きさでは変わらず、同じ機種のヘッドは近い値を示しました。一方、カートリッジの角度は22〜35度に広がっていました。CBS の研究所も1979年、10個の市販のカートリッジを測って21.8〜33.0度(平均28.75度)と報告しています。
カッティングの角度と再生の角度が違うと、針先は溝の振れに応じて、カッティングされた位置より前か後ろの点を読みます。読む位置が振れと一緒に前後するので、出力の波形がゆがみます。図23は33⅓回転の最内周で、縦の振れの速さごとに、角度の差と第2高調波の関係を計算したものです(カートリッジの出力で見た値)。毎秒10cm の縦の振れで、差が2度なら1.7%、5度なら4.2%、10度なら8.4% です。Woodard も15度の盤を25度のカートリッジで再生すると、内周の毎秒5cm の振れで周波数の相互変調ひずみが4.5% になり、差が3度なら1.4% になると計算しています。このひずみは針先の形によらず、丸針でも同じように生じます。Discwasher 研究所の Risch と Maier は1981年、丸針の垂直トラッキング角を盤の角度より4度大きくすると、第2高調波が約5dB 増えたと測っています。
SRA(Stylus Rake Angle)は、垂直トラッキング角とは別の量です。針先を横から見たときの、溝の壁に触れる接触面の前後の傾きで、盤面との角度で表します。国際規格は、溝の変調はレイク角0〜−5度の針に最適で、再生する針はメーカーの推奨の針圧で+4〜−8度に収めるよう求めています。SRA の値に直すと、90〜95度が最適の範囲にあたります。SRA 92度という目標は Risch と Maier が1981年の Audio 誌で、カッティングエンジニアとの対話からカッティング針の傾きを91〜95度とし、再生の接触面を92度に合わせるよう勧めたことに始まります。
SRA が効くのは溝の壁に上下に長く触れる針先です。丸針には向きがないので、SRA は効きません。シバタ針やラインコンタクト針は壁の上下の向きに細長い線で触れるので、その線がカッティングされた振れの波面と平行でないと、線の上で振れの位相がずれます。
図24は針先を横から見たときの溝の壁との接触の形を、針先の形ごとに描いた模式図です。接触の大きさは各社が公表する針先の寸法から、針圧2g の弾性接触の式で計算しました。丸針の接触は直径約7.5μm の小さな円で、針先を傾けても形も向きも変わりません。楕円針の接触は上下に約8.4μm と短く、SRA の誤差の影響は小さく出ます。どちらの針先も、アームの高さは垂直トラッキング角で決めます。特殊針にはファインライン、シバタ、マイクロリニア、マイクロリッジ、レプリカント100 などの名前があり、同じシバタでも、溝に沿う向きと上下の向きの半径は Ortofon が6×50μm、オーディオテクニカが6.6×68.6μm と会社で違います。どれも上下に長い線で触れ、線の長さは約12μm から約19μm まであります。この線をカッティング針の面(約92度)にそろえます。線が長いほど SRA の誤差に敏感で、線の角度は外から目で見ても分からないので、顕微鏡で測ります。Ortofon のレプリカント100 は、ダイヤモンドの後ろの鋭い縁がそのまま長い接触の線になり、横から見るとこの縁の角度が分かります。Ortofon はこの縁を盤面にほぼ垂直に立てて始め、針圧と、必要ならアームの高さで少しずつ変え、聴きながら92度付近に合わせるよう書いています。92度は、針の先がアームの付け根の側をわずかに向く向きです。SRA が90度のとき、盤面とカンチレバーの角は約23度になります。
図25は針圧2g での接触の線の長さを弾性接触の式で求め、線の上で振れが平均されるとして、最内周の20kHz の出力の低下を SRA の誤差ごとに計算した例です。図の中で線のいちばん長い van den Hul の1S(2×85μm)でも、誤差4度で0.12dB、8度で0.47dB です。丸針は傾けても接触が変わらないので、出力も変わりません。
SRA の誤差がひずみをどれだけ増やすかも、計算で確かめられます。SRA を最初に論じた Risch と Maier の1981年の記事は、CBS のテストレコード STR-112 の、400Hz と4kHz を重ねた縦の変調のバンドを丸針で再生し、4kHz の両側に出る2次の側帯波の和をひずみの指標にしました。盤と同じ16.5度では11.1%、5度大きい21.5度では16.4% でした。
図26は角度の誤差による周波数変調と、針先が丸みのために溝の振れをそのままたどれず生じるひずみ(トレーシングひずみ)を2乗で足し、側帯波の和を計算した例です。丸針を0.7mil とおくと、この式は Risch と Maier の4つの測定値と0.6% 以内で合います。同じ条件でシバタ針(Ortofon、6×50μm)を計算すると、垂直トラッキング角が4度ずれると側帯波の和は3.7% から10.4% に増えますが、SRA が4度ずれても3.8% にとどまります。SRA がずれると接触の線は傾きますが、溝に沿う向きの針先の丸みはわずかしか大きくならず、溝のたどり方がほとんど変わらないからです。線のいちばん長い van den Hul の1S でも、8度ずれて1.2% から1.7% です。この模型では、SRA の誤差は高域をわずかに失わせるだけで、ひずみは垂直トラッキング角で決まります。
一方、Risch と Maier 自身は同じ記事で逆の結果を書いています。針先が普通より傾いて付いた変形シバタ針のカートリッジで、SRA を合わせると垂直トラッキング角が4度余り低くなる1本を測り、SRA を合わせたときの方が、垂直トラッキング角を合わせて SRA を外したときよりひずみが少なく、特に高次のひずみに差が出たとしています。測ったのはこの1本だけです。セッティングツールメーカーの WAM Engineering は2024年、SRA の最適値を論じた論文はこの記事しかなく、査読に耐えるほど詳しくないとしました。そのうえで、再生の SRA は90〜93度の範囲がもっともらしく、垂直トラッキング角(18度が最適)の方が重要らしいので、どちらかを外すなら垂直トラッキング角を優先するよう勧めています。
水平という目印
アームの高さを変えると、カートリッジ全体が傾き、垂直トラッキング角と SRA が同じだけ変わります。実効長230mm のアームで支点を1mm 上げると0.25度、4mm 上げると1度です。
「アームを盤面と水平に」という案内は、カートリッジの本体を基準にした目印です。音声と映像の資料を保存する機関の国際団体 IASA の手引き(2009年)も、カッティングの角度は盤ごとには確かめられないとして、基本の調整を、適正な針圧でアームを盤面と平行にすることとしています。この目印は本体に対する針先の取り付けの誤差を拾えません。針先がカンチレバーに傾いて付いていても、外から見ても分かりません。水平に合わせただけで使えば、この取り付けの誤差は盤との角度の差にそのまま加わり、図23で見た第2高調波になります。メーカーの仕様にも、角度の手がかりは多くありません。現行のカートリッジで公称の垂直トラッキング角を書くのは429機種のうち191機種で、値は19〜25度、最も多いのは20度です。公称の SRA を機種ごとに書く製品はありません。
図27は調整で動く角度と、針先の取り付けや盤とカートリッジのばらつきを、同じ対数の軸に並べたものです。盤の厚さの違い(WAM が書く最も厚い盤と薄い盤の差1.1mm)は0.27度、針圧を0.25g 変えたときのカンチレバーの沈み(コンプライアンス15、長さ5mm)は0.42度、SL-1200MK2 の高さの調整の全幅6mm でも1.5度です。これに対して、針とカンチレバーを作る Orbray(旧アダマンド並木精密宝石)の仕様図は、カンチレバーの軸に対する針先の傾き(チップ傾斜角)の公差を、70度に対して±3度(ボロン、サファイア、ルビー、ダイヤモンド、ジルコニアのカンチレバー)から±5度(アルミニウムのパイプ)としています。この公差の中でも、同じ機種のカートリッジの SRA は個体ごとに最大で6〜10度違いえます。実際に WAM が数百本のカートリッジを顕微鏡で測った結果では、針先の取り付けの誤差の平均は SRA で3.2度(最大16.0度)、垂直トラッキング角で8.9度(最大21.2度)でした。平均の3.2度の SRA の誤差を実効長230mm のアームの高さで補うには、支点を約13mm 動かす必要があります。このように、カンチレバーと針先の公差はきわめて大きいものです。青龍・朱雀でも、この公差を補うように製造時に調整しており、ここに組み立ての精度の差が出ます。
海外の手順はこの個体の誤差を測ります。Michael Fremer は2012年から、USB 顕微鏡で針先を横から撮り、接触面の前後の縁の角から SRA を求める方法を広めました。前後の縁の角を平均するこの求め方は、接触面が針先の中心にある針でしか使えないと Fremer 自身が断っており、レプリカント100 のように接触の線が後ろの縁にある針では、その縁の角を読みます。
図28はこの方法を説明した Fremer の記事の写真で、スタンドに付けた USB 顕微鏡を、CD の縁に下ろした針先のすぐ横に置いています。CD は盤から少しはみ出すように載せ、顕微鏡を盤面と平行にして、CD の縁が画像の中で水平に写るように撮ります。測るたびに結果が変わるので、確実に分かるのは92度の近くかどうかだと Fremer 自身が書いています。2021〜2022年には、止めた状態で92.5〜93度に合わせると回転中に約92度になるとし、92度という数に特別な意味はないとも書きました。WAM は、アームの高さで角度を変えるのは水平から1度までにとどめ、それより大きい誤差は、ヘッドシェルとカートリッジの間に薄いくさびを挟んで合わせるよう勧めています。
図29はこの測り方と合わせ方をまとめた模式図です。角度は接触の縁と盤面のあいだで、カンチレバーの側から読みます。実効長230mm のアームで支点を1mm 上げると、カートリッジは針先を中心に約0.25度傾き、SRA と垂直トラッキング角が同じだけ増えます。高さで動かす1度は支点の高さで約4mm にあたります。AnalogMagik のソフトは、テストレコードの信号の相互変調ひずみが最小になる高さを、垂直トラッキング角と SRA の合わせ目として探します。
図30はくさびの入れ方を描いた模式図です。くさびはねじの穴が二つある小さな板で、片側が厚くなっています。ヘッドシェルとカートリッジの上の面のあいだに挟み、取り付けのねじを穴に通して締めます。前(針先の側)を厚くすると、カートリッジは後ろが上がる向きに傾き、支点を上げたときと同じく SRA と垂直トラッキング角が大きくなります。後ろを厚くすれば小さくなります。WAM のくさびは樹脂、真鍮、ステンレスの3種で、角度は+3度から−10度まで1度おきに選べます。マイナスはアームを下げたのと同じ向きで、WAM はカートリッジの垂直トラッキング角が高く作られすぎているので、持ち主の95% 以上がこの向きを要するとし、平均の補正は7〜9度だとしています。くさびには「+3.0°」「2.5mm」のように角度と厚みが記してあり、WAM はくさびを入れたら、その厚みの分だけアームを上げて水平に戻すよう書いています。長さ20mm のくさびなら、1度の傾きは前後の厚みの差で約0.35mm です。金属のくさびは6〜7.5g あり、WAM はその約5倍の質量をカウンターウェイトの側で足すか、おもりを支点から遠ざけるよう書いています。重いヘッドシェルを付けたときと同じく、アームの実効質量もほぼその分だけ増えます。
高さの調整の機構については、メーカーの立場が分かれています。Kuzma の VTA タワーは演奏中に0.01mm 単位で10mm の範囲を動かせ、SAT、Reed、VPI のアームも演奏中に高さを変えられます。一方、Rega は2026年の自社のページで、高さ調整は議論のある話題で、アームを台に固定する確かさの方が「疑わしい」高さ調整の機能よりはるかに重要だとし、アームは盤面とほぼ平行か、支点の側を少し低くするよう勧めています。これに対して Fremer は AnalogPlanet(2012年)と Stereophile(2021年)で、Rega のアームでもシバタ針の SRA を合わせるにはスペーサーで高さを変える必要があると書き、Neville Roberts も Hi-Fi World 向けの2010年の記事で、高さの微調整は欠かせない調整の一つだとしました。Ed Selley は Hi-Fi Choice(2016年)で、高さ調整のない RB330 ではカートリッジを慎重に選ぶ必要があると書いています。Acoustic Signature は Rega のアームを外さずに0.5mm 刻みで高さを変えられるスペーサーを作っています。
アジマス
アジマスは正面から見たカートリッジの左右の傾きです。ステレオの溝の左右の壁は盤面に対して45度で、カートリッジの発電の部分もそれに合わせて左右の軸を持ちます。カートリッジが傾くと、左の壁の振れが右の軸にも漏れます。
図31は軸が傾いたときに反対のチャンネルへ漏れる信号(クロストーク)を幾何から計算したものです。0.5度で−41dB、1度で−35dB、2度で−29dB です。WAM の測定では、針先の取り付けのアジマスの誤差は平均0.9度、最大4.3度でした。カートリッジの本体を目で水平に合わせただけでは、この誤差がそのまま残ります。平均の0.9度でクロストークは−36dB、最大の4.3度では−22dB になり、Ortofon の 2M Red が仕様に書く左右の分離(チャンネルセパレーション)22dB と同じ大きさのクロストークが加わります。
測り方は大きく二つに分かれます。Ortofon、SME、VPI の説明書は、盤の上に鏡を置いてカートリッジの正面を映し、水平を目で見て合わせるよう書きます。一方、Fremer や WAM、AnalogMagik、Fozgometer(2010年)、Dr. Feickert の Adjust+(2008年)は、テストレコードの片チャンネルの信号を再生し、クロストークを測って合わせます。電気で合わせる側の中でも、左右のクロストークをそろえる、クロストークを最小にしてからそろえる、モノの信号の左右の出力をそろえる、と基準が分かれます。WAM の Boisclair は、テストレコードを替えるとアジマスの結果がばらついたと書いており、テストレコードで合わせたアジマスには、その盤のカッティングのしかたも含まれます。カートリッジの発電の部分そのものの左右の対称がずれていれば、クロストークが最小になる角度と、針先が溝に対してまっすぐ立つ角度は一致しません。アームを作る Korf Audio は2018年、発電の部分ではなく針先をそろえるべきだと主張しています。
ユニバーサルアームでは、ヘッドシェルを差し込んで締める前に回せば、アジマスを変えられます。1979年の Technics SL-1200MK2 の説明書はヘッドシェルを水平に持ってロックナットを締めるよう書き、1976年の EPA-100 の説明書はカートリッジを正面から見て盤と平行かを確かめるよう書いていました。どちらも目で見て合わせる案内で、クロストークを測る方法は書いていません。
左右の出力の差
アジマスを電気で合わせる方法のうち、モノの信号の左右の出力をそろえる方法は、カートリッジの左右の感度が等しいことを前提にしています。clearaudio の Azimuth Optimizer はモノの信号の左右の差を0dB に合わせる道具で、Hi-Fi News のテストレコードは縦の信号をモノにして打ち消し、残りが最小になる所を探す方法を案内しています。ところが、カートリッジの左右の感度は仕様の上でもそろっていません。仕様に書かれた左右の出力の差(チャンネルバランス)は、2M Red とオーディオテクニカの AT-OC9XEB で1.5dB、オーディオテクニカの AT-VM95E で2.0dB、Sumiko の Rainier で2dB 以内です。
図32は、カートリッジの左右の出力の差を、モノの信号で左右がそろうまで傾けて打ち消したときの傾きとクロストークを、幾何から計算したものです。1度傾けると、モノの信号の左右の比は0.30dB 変わります。1.5dB の差を傾きで打ち消すには4.9度傾ける必要があり、クロストークは−21dB と、仕様に書かれた左右の分離(2M Red で22dB、AT-OC9XEB で25dB)より悪くなります。もともと左右の感度がそろっていないカートリッジを、アジマスで無理に中央にそろえても、針先が溝に対して傾くだけです。Fremer も2012年、モノにして打ち消す方法について「アジマスを合わせてはいない。チャンネルの出力をそろえただけだ」と書きました。AnalogMagik の説明は、カートリッジかフォノイコライザーの左右の差が2dB あると、クロストークが左右で少なくとも3〜4dB 違って出るので、クロストークではなく本体を水平にして合わせるよう勧めています。
左右の差はカートリッジの外でも生まれます。MC カートリッジのようにインピーダンスの低いカートリッジでは、発電のコイルの抵抗と、受ける側の入力インピーダンスが電圧を分けます。受ける側のインピーダンスが低いほど、左右のコイルの抵抗のわずかな違いが、出力の差として表に出ます。
図33は、左右のコイルの直流抵抗が2%、5%、10% 違うときの左右の出力の差を、受ける側のインピーダンスとコイルの抵抗の比ごとに計算したものです。抵抗が10% 違うコイルでも、抵抗の10倍のインピーダンスで受ければ差は0.08dB ですが、抵抗と同じインピーダンスで受けると0.42dB、4分の1では0.67dB になります。オーディオテクニカは、コイルの直流抵抗が12Ω の AT-OC9XEB をヘッドアンプで受けるとき、負荷を100Ω 以上にするよう書いています。Fidelix の中川は昇圧比20倍の MC トランスを47kΩ の入力につなぐと、カートリッジから見た入力インピーダンスは約120Ω になり、インピーダンスを合わせているわけではないと説明しています。インピーダンスの低いカートリッジを低いインピーダンスで受けるほど、左右の差は出やすくなります。アジマスで左右をそろえる前に、カートリッジの仕様の左右の差と、受ける側のインピーダンスを確かめておく必要があります。
ゼニス角
ゼニス角は上から見たときの、針先の接触面の向きの誤差です。カンチレバーが溝の接線に合っていても、針先がカンチレバーに対してねじれて取り付けられていると、左右の壁に触れる二つの点が溝に沿って前後にずれます。
図34は左右の接点の間隔を25μm(楕円針の例)とし、左右の接点が溝に沿ってずれることで生じる左右の時間差を、半径ごとに計算したものです。整合を Löfgren A に合わせたトラッキングエラーだけなら1.6μs 以下ですが、ゼニス角の誤差5度を足すと内周寄りで約9μs になり、10kHz で約30度の位相差にあたります。丸針は回転に対して対称なので、ゼニス角は効きません。ゼニス角の誤差は2014年に Fremer が WAM の写真で取り上げ、2021〜2022年に WAM の分析と道具で広まりました。WAM の測定では誤差の平均は2.4度、最大は17.5度でした。Orbray の仕様図はカンチレバーの軸に対する針先の向き(90度)の公差を、ダイヤモンドのカンチレバーで±3度、アルミニウムのパイプ、ボロン、サファイア、ルビー、ジルコニアで±5度としています。
水平の幾何
三つの整合
アームは支点を中心に円弧を描いて動きます。一方、レコードは、カッターヘッドが盤の半径に沿ってまっすぐ動いてカッティングしました。カートリッジの向きが溝の接線からずれる角度を、トラッキングエラー(水平トラッキングエラー)と呼びます。オーバーハングとオフセット角を選ぶと、トラッキングエラーが0になる半径(零点)を盤面に二つ作れます。
トラッキングエラーによるひずみは、ほぼ第2高調波だけで、その大きさは溝の振れの速さと、誤差の角度の正接を半径で割った値(重みづけトラッキングエラー)に比例します。1938年にスウェーデンの Erik Löfgren が示した関係です。同じ角度の誤差でも、溝の速さが遅い内周ほどひずみが大きくなります。零点をどこに置くかで、ひずみを盤面のどこに配るかが決まります。
図35は実効長230mm のアームについて、三つの代表的な整合のトラッキングエラーを半径ごとに計算したものです。盤の内周と外周は米国の RIAA と NAB の規格の最内周(直径4¾インチ、半径60.3mm)と、最外周(直径11.5インチ)としました。プロトラクターの計算ではこの内周の値が「IEC」の名で選べることが多いのですが、IEC の規格に最内周の規定はありません。
Löfgren A は重みづけトラッキングエラーの最大値を最小にする整合で、零点は66.0mm と121.1mm です(実効長230mm で計算した値)。1941年に米国の Baerwald が同じ零点を別の方法で導いたので、Baerwald の名でも呼ばれます。Löfgren B は重みづけトラッキングエラーの2乗の平均を盤面全体で最小にする整合で、零点は70.0mm と115.9mm です。どちらの考え方も1938年の Löfgren の論文にありますが、論文の中の記号は今の A と B の名前とは対応しません。Stevenson は、1966年に英国の Stevenson が Wireless World 誌で示した整合で、内側の零点を最内周の60.3mm に置いて、最内周のひずみを0にします。零点は60.3mm と117.4mm です。
図36は横の振れの速さ毎秒10cm のときの第2高調波を、三つの整合で計算したものです。Löfgren A は最内周と最外周と途中の山で同じ0.65% になり、最大値が最も小さくなります。Löfgren B は最内周で1.01% と最も大きくなる代わりに、盤面全体の平均が0.33% で最も小さくなります。Stevenson は最内周で0、最外周で0.78% です。どの整合を選ぶかは、盤のどこを重く見るかで決まります。WAM は1950〜2018年の1,000枚を超える盤の最内周を測り、1990年以降の盤は内周の半径が大きく、12インチの45回転の再発盤のほとんどが68mm より外で終わると報告しています。内周の端まで使わない盤が多いなら、平均を下げる整合の利点が大きくなります。WAM のプロトラクター WallyTractor は、1990年以降の盤のための円弧を別に持っています。
整合の値そのものも、海外では計算し直されてきました。プロトラクターの多くは Löfgren B の零点に70.3mm と116.6mm を使ってきましたが、2022年に AES の学会誌で Jovanovic が、これは近似式の値で、正しい零点は70.0mm と116.0mm だと示しました。外側の零点で約0.6mm の違いで、手でプロトラクターを合わせる精度より大きい差です。
ゲージ一点と零点二つ
日本のプレーヤーの多くは付属のゲージでオーバーハングを合わせます。ヘッドシェルにカートリッジを付け、針先がゲージの縁にそろうまで前後させる方法です。1979年の Technics SL-1200MK2 の説明書は、これでトラッキングエラーとひずみが最小になると書いています。
このアームの幾何は実効長230mm、オーバーハング15mm、オフセット角22度です。零点を計算すると58.8mm と113.5mm で、内側の零点を盤の最内周より内側に置いています。日本の JIS はレコードの最終の音みぞの直径を約115mm(半径約57.5mm)と定めていました。この半径に内側の零点を置く Stevenson の整合はオーバーハング14.9mm、オフセット角22.1度で、SL-1200 系の幾何とほぼ一致します。1979年の Technics の EPA-500 も、実効長250mm、オーバーハング15mm、オフセット角21度で、零点は62.2mm と117.0mm です。
同じ傾向は当時の国産のアームに共通していました。米国の Audio 誌の1980年1月号で Kessler と Pisha は、1979年の現行アーム22機種の公表値から零点を計算し、日本のメーカーの12機種のうち9機種が、内側の零点を57〜63mm、外側を111〜120mm に置いていたと書いています。国産アームの多くが指定するオーバーハング15mm が Baerwald の整合の最適になるのは、実効長274mm のアームだけだとも書きました。当時の国産のアームは内周に零点を寄せる整合をとっていたことになります。
現行の説明書にも例外があり、オーディオテクニカの AT-LP7X の調整ガイド(2025年)は、印刷した紙の二つの点でカートリッジの向きを合わせる手順を示しています。
ゲージで合わせられるのはオーバーハングだけです。カートリッジの本体がヘッドシェルの溝に沿ってまっすぐ付いていても、カンチレバーが本体に対してわずかに回って取り付けられていれば、オフセット角がその分ずれます。
図37は SL-1200 系の幾何で、オーバーハングは正しく、カートリッジの向きだけが1度、2度回ったときのトラッキングエラーを計算したものです。誤差は盤面のすべての半径で同じだけずれ、2度回ると内周の誤差は0.2度から2.2度になります。最内周の毎秒10cm の横の振れで計算すると、第2高調波は0.15% から、1度回れば0.98%、2度回れば1.8% に増えます。
二つの零点を持つプロトラクターは、カンチレバーそのものを基準にして、オーバーハングとオフセット角の両方を合わせます。内側と外側の零点にそれぞれ針先を下ろし、カンチレバーが格子の線と平行になるまでカートリッジを前後に動かし、回します。この手順は1966年に Stevenson が示しています。Stevenson は、LP ではオーバーハングが2.5mm かオフセット角が2度ずれると最大のひずみが2倍を超えると計算し、零点の半径に印を付けたプロトラクターで、二つの零点の誤差を見ながら合わせるよう書きました。現在の WallyTractor はアームの実効長ごとに円弧を描いた板で、Acoustical Systems の SMARTractor(2013年)は、アームの支点から盤の中心までの距離(取付距離)を0.05mm 単位で測り、五つの整合から選べます。
インサイドフォース
溝の摩擦は針先を溝の接線の向きに引きます。アームは支点を中心にしか回れないので、この摩擦の力は支点と針先を結ぶ線と溝の接線のなす角だけ、アームを盤の中心の側へ回そうとします。溝の内側の壁がこれを押し返すので、針先には内向きの力(インサイドフォース)がかかり、内側の壁を外側より強く押します。
力の大きさは摩擦係数と針圧と、この角の正接の積です。通常のアームではこの角がオフセット角とほぼ等しく、Löfgren A に合わせた実効長230mm のアームで23〜26度です。摩擦係数は盤と針先と変調で変わります。米国の Alexandrovich は1961年、無変調の溝で0.37〜0.45、大きな変調の内周で約0.6と測り、1970年に松下電器の阿部忠はビニル盤で0.28〜0.33、1981年に米国の Pardee は、シバタ針、針圧1.5g で新品の盤を測って0.15〜0.43 と報告しています。
図38は実効長230mm、Löfgren A の整合のアームで、摩擦係数ごとのインサイドフォースを半径ごとに計算したものです。摩擦係数0.15 なら針圧の約7%、0.30 なら13〜15%、0.45 なら19〜22% です。半径による変化は数% にとどまり、盤と変調による摩擦の違いの方が大きく効きます。Shure の Kogen が1967年に無変調の溝で測ったインサイドフォースは、丸針で針圧の15〜18%、楕円針で約20% でした。
インサイドフォースを打ち消さずに再生すると、二つの壁の受け持ちが偏ります。90度の溝では、インサイドフォースは内側の壁を押す力を増やし、外側の壁を押す力を同じだけ減らします。摩擦係数0.3 なら、図のアームで外側の壁を押す力は内側より22〜25% 小さくなります。外側の壁の振れは右チャンネルの信号なので、大きな振れで先に針先が離れるのは右チャンネルです。Alexandrovich は同じ1961年の論文で、針圧3g の試作のアームで、毎秒30cm の大きな振れの溝で起きた外側の壁(右チャンネル)の崩れが、0.8g の外向きの力を掛けると消えたと書いています。摩耗も片寄ります。RCA の研究所の Woodward らは先の電子顕微鏡の写真で、補正なしのアームで50回再生した溝の内側の壁が外側より大きくすり減っていることを示し、原因をインサイドフォースとみています。反対に補正が強すぎれば、力の向きが逆になり、内側の壁(左チャンネル)から先に針先が離れます。
アンチスケーティングを「針圧と同じ目盛り」に合わせる方式は、インサイドフォースが針圧に比例するという前提に立ち、目盛りは特定の摩擦係数を仮定しています。Rega、SME、Sumiko の現行の説明書や、What Hi-Fi? と Crutchfield の記事も、この合わせ方を案内しています。合わせ方は一つではなく、Ikeda の説明書は針圧の半分に合わせるよう書き、Glanz の B TYPE と Bt TYPE の説明書は、目盛りを少しずつ上げて針飛びしない所で止めるよう書いて、目盛りは針圧と同じ数値に合わせるものではないとしています。Pardee は目盛りが仮定している値を0.25〜0.30 とみて、摩擦の小さい盤ではその半分の設定がよいと書きました。図38で色を付けた範囲はこの仮定の値で、実際の盤の摩擦はその上下に広がります。
一定の力で打ち消す方式がどこまで足りるかについては、1967年に評価が分かれました。Kogen は、補正を掛けるとトラッカビリティが20〜25% 上がり、補正なしで寿命を試した14本の針のうち9本が内側の壁の側で速く減ったのに対し、補正した6本はすべて均等に減ったと書き、一定の力で大まかに足りるとしました。同じ年に RCA の Woodward と Werner は、必要な補正の力は変調が大きいほど、針圧が重いほど、溝の直径が小さいほど大きくなり、針先の半径でも変わると書いています。Kogen は溝のない平らな盤で針の流れを見て合わせる方法についても、楕円針では溝の中の力と対応しないことがあると書いています。
インサイドフォースの打ち消し残しがどれほど効くかは、カートリッジによって違います。東京芝浦電気の中央研究所の Hayashi らは1968年、日本と米国の16のカートリッジで、インサイドフォースとアンチスケーティングの差にあたる横向きの力を、内向きと外向きに変えながら相互変調ひずみを測りました。いわゆる高コンプライアンスのカートリッジは、小さな変調では低コンプライアンスのものと変わりませんが、大きな振幅の変調ではこの力の影響を強く受け、ひずみを10% 未満に保つにはこの差を0.05g 未満にしなければならなかったと書いています。
海外の手順はアンチスケーティングの力を測るか、テストレコードで確かめて決めます。WAM の WallySkater はアンチスケーティングの力を針圧に対する百分率で読む道具で、外周で10% に合わせるよう勧めます。図のアームでは摩擦係数0.21 に当たります。テストレコードの大きな振幅のバンドを再生し、左右のひずみがそろう設定を探す方法もあり、AnalogMagik はこれをひずみの測定で行います。決め方は海外の手順の中でも一つにまとまっていません。Stereophile の Reichert は溝のない盤でアームがゆっくり内側へ動く設定を探し、Sumiko と VPI はその方法を戒め、VPI はアンチスケーティングそのものを使わない立場をとっています。
インサイドフォースの扱いにはオフセット角そのものをなくすという答えもあります。鎌倉の ViV Laboratory(秋元浩一郎)の Rigid Float は、2015年の機種でオフセット角のないまっすぐなアームになり、針先が盤の中心の手前で止まる(アンダーハング)配置で、製造元はインサイドフォースがほとんど生じないと説明しています。
図39は ViV の9インチの機種の寸法(支点から盤の中心まで274mm、零点は半径約90mm)で、オフセット角のないアームのインサイドフォースを、通常のアームと比べて計算したものです(摩擦係数0.3)。インサイドフォースは外周で針圧の5.3%、内周で4.3%(向きは外向き)と、通常のアームの半分以下になります。その代わり、トラッキングエラーは外周で10度、内周で8度になり、通常のアームの約5倍です。オフセット角にはアームの横の揺れを溝に沿った針先の前後の動きに変え、周波数変調のひずみを生む副作用もあり、1982年に AES の学会誌で Kilmanas と Rabinow は、オフセット角のないアームの方がこの影響を受けにくいことを示しています。
この設計の評価は分かれています。Michael Trei は Stereophile(2024年9月)で、ViV の9インチのアームの零点が約90mm の1つで、最大のトラッキングエラーが外周の約10度(通常の9インチのアームで約2度)になることを書いたうえで、内周の追従の正確さを評価しました。一方、WAM の Boisclair と Malewicz は2020年、カートリッジをヘッドシェルの中で回してオフセット角を0にしてもインサイドフォースは変わらないことを動画で実演し、Fremer はこれを、オフセット角0のアームを作ってもスケーティングはなくならず、オーバーハングをなくしても消えるのは溝の接線になる点だけだとまとめました。二つの主張は計算の上では食い違いません。インサイドフォースを決めるのはカートリッジの向きではなく支点と針先を結ぶ線と溝の接線の角度で、ViV の配置ではこの角度が零点では0になり、それ以外では残って、外周と内周で向きが変わるからです。
手順として
測る道具
海外の手順は五つの量のそれぞれに、測る量と道具を対応させています。表の右の列は、その量が外れたときに起きることです。
表は横にスクロールできます
| 量 | 測るもの | 道具と方法 | 目標の例 | 外れたときに起きること |
|---|---|---|---|---|
| 低域共振 | 共振の周波数 | テストレコードの低域スイープ(Hi-Fi News の LP、AD-1 など)、AnalogMagik、Fidelix の f0 チェッカー | 8〜12Hz | 低いと反りで針圧が揺れて追従を失い、針飛び、可聴域より低い大きな出力。高いと最低域の山と、低音の追従の不足 |
| 針圧 | 盤面の高さでの針先の力 | 電子式の針圧計、テストレコードの追従のバンド | 指定範囲の中 | 軽いと追従を失って溝を傷め、重いと壁の変形と摩耗、カンチレバーの沈み |
| 角度 | SRA、垂直トラッキング角、アジマス、ゼニス角 | USB 顕微鏡、WAM の道具、相互変調ひずみの最小、クロストーク(Fozgometer など) | SRA 90〜93度、左右の出力の差が小さければクロストークの左右をそろえる | 縦の振れの第2高調波、クロストーク、左右の時間差 |
| 水平の幾何 | 二つの零点でのカンチレバーの向き | 二点式・円弧式のプロトラクター(WallyTractor、SMARTractor など) | 整合ごとの零点 | 内周の第2高調波 |
| インサイドフォース | アンチスケーティングの力、左右のひずみ | WallySkater、テストレコードの大きな振幅のバンド | 外周で針圧の10% など | 右チャンネルから先に追従を失い、内側の壁が片減りする。補正が強すぎれば逆 |
道具の名前は変わっても、それぞれが何を測り、その量を何が決めるかは、ここまでの節で見た物理に一つずつ対応しています。
調整の順序
五つの量は互いに影響するので、合わせる順番があります。
図40は海外の手順の資料に共通する順序を並べ、各段の右に、その位置に置く理由を書いたものです。針圧を変えるとカンチレバーが沈んで針先の位置と角度が変わるので、零点と角度は針圧を決めた後に合わせます。二つの零点はアンチスケーティングを0にして合わせます。アンチスケーティングの力がカンチレバーを曲げると、カンチレバーの見た目の向きが狂うからです。オフセットのあるヘッドシェルでは高さを変えるとアジマスも変わり、アンチスケーティングの力はカンチレバーと発電のコイルをねじって左右の出力を変えるので、電気で合わせるアジマスは、カートリッジの左右の出力の差を確かめたうえで、高さとアンチスケーティングを決めた後にします。共振はヘッドシェルとねじまで含めた質量で決まるので、最後に測って確かめます。資料によって順序は少しずつ違い、clearaudio の説明書のように、アジマスと高さを合わせてから針圧とアンチスケーティングを決めるものもあり、AnalogMagik は、量どうしの影響を見ながら行き来して合わせるよう書いています。
日本にもあった時代
五つの量を測って合わせる考え方は、日本のメーカーの1970年代の製品と、技術者の論文にもありました。
図41はこの記事で取り上げた資料のうち、日本のメーカーの機構と技術者の論文、テストレコード、規格の年を左に、海外の論文と調整の道具の年を右に並べたものです。
Technics は1976年のトーンアーム EPA-100 で、カウンターウェイトの中に、ばねで支えた重りをシリコンオイルで制動する動吸振器を組み込みました。ダンピングの目盛りをカートリッジの100Hz のコンプライアンスに合わせて選ぶと、共振の山を6dB 以下に抑えられるとし、高さは演奏中にも0.5mm 刻みで変えられました。1979年の EPA-500 はアームパイプとヘッドシェルとカウンターウェイトを一体にしたアームユニットを5種類用意し、カートリッジの質量とコンプライアンスで選ばせました。説明書は低域共振を10Hz 前後に置く理由を、低すぎる場合と高すぎる場合に分けて説明し、他社のカートリッジの質量とコンプライアンスを自社で測って適合表に載せ、付属の電子式の針圧計はターンテーブルの上で測るよう案内しました。
測る道具もありました。オーディオテクニカの AT-6601(1966年)や日本コロムビアの XL-7001 は低域共振とトレース能力のバンドを持ち、デンオンの XG-7001(1976年)はインサイドフォースを試す無変調のバンドを持っていました。日本電子機械工業会(EIAJ)とレコード協会は1983年にテストレコードの技術資料をまとめ、1984年の JIS S 8602 の盤は国際規格 IEC 98 の第3版(1987年)の付録に載りました。松下電器の阿部は1970年、インサイドフォースを直接測り、相殺の機構が変調や針先の違いまでは打ち消せていないと書いています。
メーカーの技術者はこうした調整を支える物理を学会でも報告していました。東京芝浦電気中央研究所の技術者は1968年の AES の大会で、インサイドフォースとアンチスケーティングの差が相互変調ひずみを変えることを、パイオニアの山本は1972年に日本音響学会誌で、針とびが起きる条件と、そのときの溝の壁の変形を報告しています。ソニーの技術者は1975年の AES の大会で、反りの影響を小さくするためアームの共振を10Hz 前後に選ぶと書き、1981年には日本音響学会誌で、速度帰還で共振の山を抑えるアームを報告しました。1979年には日立の技術者がアームの屈曲振動を、山水の技術者が AES の学会誌で支点の最適な位置を論じ、日本楽器の技術者は1980年と1982年に、指定針圧の意味と温度による違いを書いています。
一方で、当時の説明書の調整の案内は、今と同じように短いものでした。1976〜80年の Technics の説明書4冊は、どれもアンチスケーティングを針圧と同じ値に、高さをアームが盤と平行になるように合わせ、オーバーハングを目盛りかゲージで一点を合わせて決めると書いています。高さを変える機構と、共振を合わせるための機構と案内はありましたが、針先の角度を測る手順や、インサイドフォースを測る手順は説明書にありませんでした。
その後、テストレコードの JIS S 8602 は1994年に、ピックアップの JIS C 5503 は1995年に廃止されました。Fidelity Research は1982年に倒産し、SAEC は2018年に新しいアームを発表して2019年に発売しました。トーンアームを作り続けた市川宝石の JELCO 事業部は2020年5月に休業しています。残ったのはヘッドシェルを差し替えるユニバーサルアームと、針圧と水平とゲージの手順でした。2014年に再発売された AD-1 や2023年の Fidelix の f0 チェッカーのように、共振を測る手段は今も国内にありますが、説明書の案内は針圧と水平とゲージのままです。
目安と測定
1960年代から70年代にかけて、カッティングする側と再生する側は、角度と寸法と力の取り決めをそろえていきました。カッティングの角度は15度から20度へ移り、盤の内周の寸法が決まり、メーカーの技術者と研究者は、共振、針圧、角度、インサイドフォースの物理を学会誌にまとめました。日本のメーカーも共振に合わせて選ぶアームや、演奏中に高さを変える機構、テストレコードを作り、技術者が学会で報告していました。
取扱説明書の手順はその時代から短い目安にまとめられていました。アームを盤と平行にし、アンチスケーティングを針圧と同じ目盛りに合わせ、ゲージで一点を合わせる手順は、設計どおりの部品と平均的な盤を仮定すれば、大きく外れない値を与えます。ただし、この目安は針先の取り付けの公差と誤差、カートリッジの左右の感度の差、盤ごとの角度と摩擦の違い、カタログの値の測り方の違いを拾いません。拾われなかった誤差はひずみやクロストークとして音に出るだけでなく、反った盤での針飛びや、溝の壁と針先の片減りとして、盤と針にも跡を残します。
日本では1990年代にテストレコードとピックアップの規格が廃止され、案内は目安の手順のまま残りました。重いヘッドシェルも、共振を動かす部品としてではなく音の傾向を変える部品として案内されています。海外では2000年代から、専門誌とセッティングツールメーカーが、目安の残差を測る方法を広げてきました。テストレコードとソフトで共振とクロストークを測り、顕微鏡で針先の角度を撮り、アンチスケーティングの力を針圧の百分率で読み、二つの零点の値を計算し直しています。Rega の高さ調整、オフセット角のないアーム、アジマスの合わせ方のように、測る側の考えが分かれる所は、論争のまま公開されています。
五つの量は、何がその量を決めているかが分かれば、自分の機器で確かめられます。部品を量って針先から見た質量を見積もり、共振を測ってカタログのコンプライアンスを確かめ、盤面の高さで針圧を測り、針先そのものの角度を見て、左右の出力の差を確かめてからアジマスを合わせ、二つの零点でカンチレバーを合わせ、アンチスケーティングの力を測るか左右のひずみで確かめることが、針圧と水平の先にある調整です。












